教団内は騒然としていた。それも当然、長年の間イノセンスは意志の無い、行使されるだけの存在と見られていた。それが今になって、常識を覆す存在が現れたのだから。教団にとって有益か、そもそも本当にイノセンスなのかと、様々な憶測が飛び交っていた。上から精密な検査とその存在への尋問及び諮問を命令されたが、コムイはその命令を保留していた。
まず第一の理由は、アレンウォーカーの意識が回復しないこと。イノセンスにやられた傷が予想以上に深く、今も昏睡状態が続いている。その、教団では神ノ道化と称されている存在単体に尋問及び諮問しても構わないが、神ノ道化はそれを拒んだ。アレンウォーカーと共になら、教団の意向に従うと言ったのだ。コムイ自身も、神ノ道化単体への尋問及び諮問に反対だった。
二つ目の理由としては、上の指示に素直に従いたくなかったからだ。反抗心などではない。ただこの一件が全て上で処理されることに懸念を覚えたのだ。上は少なくとも神ノ道化に対して良い印象をもっていない。あくまで研究対象、実験対象なのだ。その結果を他のエクソシストに適応したいだけ。そのためだけに、神ノ道化の解明を急いでいる。
(イノセンスには可能性がまだ秘められている)
リナリーが煎れたコーヒーを飲みながら、コムイはイノセンスに関する資料をめくる。神ノ道化は現在、監視を付けた状態でアレンと共にいる。コムイが見舞いに行った時、神ノ道化はアレンのベッドに寄り添うようにもたれていた。まるで二人の間に深い絆があるように。
(神田君やラビが言うには性格最悪らしいけど。こうやって見れば可愛らしいじゃないか)
そんなことを思いながら、コムイは病室を後にした。神ノ道化のことを最優先事項にしているが、当然通常業務もこなさなければならない。そのためコムイは今日で徹夜二日目だった。山のような資料が半分に差し掛かった時、ドアがノックされる。研究員が資料を持ってきたのか、そう思ったコムイは入室を促す。しかし入ってきたのは研究員ではなく、神ノ道化だった。
(まだ目を覚まさない)
神ノ道化はアレンが運ばれてから、ずっと同じことを考えていた。あのスキル変化の適合者の攻撃が予想以上に深かった。
(私があれを防いでいれば……)
あの状態ではどのみち回避は不可能だったが、神ノ道化は自身を責めるのをやめない。
(あのイノセンスについて、もっと早く気づいていれば。能力を行使される前に告げていれば。そうすれば……)
考えても仕方ないことを永遠に考える。
(イノセンスの中で上位であっても、所詮は適合者も守れない。偉そうなことは何も言えませんね)
アレンが昏睡に陥ることは一度や二度ではない。普通の戦いで意識が飛ぶことはそう珍しくない。なのに何故か、今回は不安が募る。
「アレンは何時目を覚ましますか?」
質問を問い掛けても答えない。何も話すなと命じられているのだろう。監視のためだけにいるのだから。
すると部屋をノックされた。この部屋には特に規制をかけていない。見舞いに来ようと思えば誰だって来れる。監視が扉を開けた瞬間、監視がその場に崩れ落ちた。一瞬で神ノ道化は警戒体勢に入る。しかし聞こえた声は、馴染みの声だった。
「よっ、神ノ道化」
「ブックマン、それに皆さんお揃いで」
訪ねてきたのは、ラビと神田とリナリーだった。
「アレンに用ですか?」
「だったら監視を潰す必要はないっしょ」
「………私ですか」
「そーゆうこと」
ラビ達は訪問客用の椅子に座る。神ノ道化は警戒体勢を崩さずに、ラビ達に向き直った。
「ではお話を聞きましょう。話相手がいなくて退屈していた所です」
「じゃあ遠慮なく。ってその前に、オレらのこと知ってる?」
「神田さんにブックマン、リナリーさんですよね?」
「ラビでいいさ。俺はまだブックマン継いでないし」
「で、本題は?」
「その前に質問させて」
話に入ってきたのはリナリーだ。
「貴方、アレン君のイノセンスなのよね」
「はい」
「じゃあ私達のイノセンスも実体化するの?」
「人によると思いますよ。ただ貴女の場合は、そうなる確率が高いかもしれません」
「どういう意味?」
「貴女はイノセンスに意味を見出だしている。その場合、主の期待に応えたいという想いが強くなるんです。現にアレンが私を必要としてなかったは、私はここにいませんから」
「ハッ、意識の問題ってことかよ」
「貴方は逆に、実体化の確率は低いですよ」
「あ?」
「貴方はイノセンスに意味を見出だしていない。故に呼応しない。まぁデータがとれる訳ではありませんから、信じてはいただけませんが」
「信じられるか。第一実体化しなくとも、勝てるもんは勝てる」
「じゃあ実体化しなくて負ける場合もある訳だ」
「上等じゃねぇか。表出ろ、殺し合おうか?」
「ユウ落ち着くさ。用件はそれじゃない」