確かに今日は運が悪かった。星座占いは最下位、血液型も同じく。朝は目覚まし時計が壊れていて寝坊して、杏里との約束に遅れた。遅れて着いてかばんを見ると財布が無い。結局約束は無しになって寂しげに帰宅。家に帰れば水道管に異常があったらしく水は出ない。帝人は大晦日の筈なのに、人生で最もついてない一日を過ごすことになった。
「運悪いというか、死ぬんじゃないかな僕。嫌だなぁ、大晦日が命日」
「そしたら俺の命日も大晦日になるね」
突然の声に帝人は跳ね起きる。目の前にはニコニコと笑っている臨也がいて、帝人は思わず数歩後ずさった。
「い、臨也さん!?どうして家に居るんですか?暇ですか、暇なんですか?」
「年上に対して随分な扱いだね君は。まぁ帝人くんだから許したあげるけどね」
相変わらずニコニコしながら、臨也は紙袋を帝人に差し出した。高級百貨店の紙袋を見て、帝人は臨也からまた距離を取った。
「帝人くん!?どうして逃げるのかな。そこは嬉々として俺に抱き着いてこなきゃ」
「死んで下さい臨也さん。あと高級百貨店の袋で一瞬嬉しくなりましたけど、臨也さんからの差し入れと考えると受け取りたくないです」
「………蟹だよ?」
「えっ?」
「帝人くんは苦学生だからね。大人な俺から新年のお祝いってことで」
「どうしよう、蟹は欲しいです。でも臨也さんからの差し入れ…セルティさんからなら喜んで貰ったのに」
「信頼無いね、俺」
苦笑しながら臨也は答えを求めた。蟹と臨也を共に招き入れるか、追い出すか。ちなみに蟹だけ受け取る選択肢は無かった。こうなれば選択肢は一つしかない。
「蟹と臨也さん下さい―――って何鼻血出してるんですか」
「臨也さん下さいは反則じゃないかな。まぁ嬉しかったけど」
「蟹って剥くの面倒ですね。でも臨也さん得意そう…」
「褒めても何も出ないよ。ま、剥いてあげるけどさ」
「(扱い易いな……)ありがとうございます臨也さん」
臨也に蟹を剥かせている間、帝人は年末の特番を探すべくチャンネルをカチカチさせていた。お笑い芸人やら俳優やらが年末だからか特別企画をやっている。アイドルなどに興味はなく、特に観るものも無かった。
「面白いのあった?」
「いえ、最近は全く。特に観てるのも無いんで良いんですけど」
「じゃあ俺と話しようよ。有意義じゃない?」
「………まぁテレビよりかは」
これが臨也曰くツンデレらしいが帝人に自覚はない、むしろ違う気がする。ツンデレとはもっと……こう、――女の子がするものだ。まさに蟹だけに、いやあれはツンドラ?ツンドロ?
「臨也さん、そういえばもうすぐ年明けますね」
「えっ、今更すぎない?大晦日だよ、今日」
「なんか――大晦日っていう感じあんまりしなくて。臨也さん基本毎日来るし」
「愛が成せる業と呼んで欲しいな」
「つまりはストーキングですね」
帝人の毒舌をスルーしているのかいないのか分からない態度で臨也は接して来る。もしかしたら傷ついているのかもしれない。そう思うとなんだか申し訳無く思えてきてしまう。毎日こんなこと思えないが今日だけ、特別な日だけ帝人はそう感じた。
「臨也さん――」
「ん?蟹ならあとちょっとだけど」
「蟹じゃなくて、ねぇ臨也さん――」
「なに?帝人くん」
「―――僕、臨也さんのこと結構好きですよ。口には出しませんけど」
ぴたりと、臨也の手が止まる。帝人が臨也の方を振り向くと、そこには顔を真っ赤にして停止している臨也がいた。
「えっ、臨也さん?熱でもあります?」
「………君さぁ、そういうのツンデレっていうの、分かる?っていうかさっきから帝人くん可愛すぎだから。無意識かもだけど、蟹楽しみだからってちろちろ見ないでくれる?なんかエロい、俺がもたないから」
「ちょっ……、どさくさに紛れて何言ってんですか!?可愛いとか、え…エロいとか男に言うセリフじゃないでしょう!?」
「臨也フィルターで文句は却下だから。帝人くんは自覚するところから始めようか」
「二回目ですけど死んで下さい」
臨也と帝人の攻防は蟹が止めた。器用にも攻防の最中でさえ臨也は蟹を剥く手を止めなかった。よって蟹が剥けた=食事になったわけだ。攻防よりも当然蟹が勝り、結果二人で蟹を突いている。
「あっ、この蟹美味しい。いや、蟹は全部美味しいか」
「これでも産地こだわったんだけどね」
「そうなんですか、ありがとうございます」
「どういたしまして」
穏やかな、そんな空気が二人の間に流れる。食事は人の垣根を無くすと、昔誰かが言っていた。それをひしひしと痛感する。
「あっ、うち今水道止まってるんですよ。言うの忘れてました」
「えっ、そうなの?蟹買うのに一生懸命で調べて無かったよ。こんなんじゃ年越せないね。よし、じゃあ俺の家来る?」
「はい、お邪魔しますね」
「―――えっ?来てくれるの?てっきりまた『死んで下さい』って言われるかと思った」
「誘っておいて何ですか全く……。まぁ年越しを臨也さんと過ごすのも悪くないかなって」
はにかんだ帝人を見て臨也のテンションは急上昇した。普段の臨也を知る人間ならば驚くに違いない。何たって高校生に振り回されている臨也など想像も出来ない筈だ。臨也は常に自分中心、世界を自分のものと思っているような人間である。
「来年も、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、来年も放さないから」
そう言って二人はアパートを後にした。外はカップルやらが共に大晦日を過ごそうとひしめき合っている。その人混みに苦笑しつつも、その中に二人は溶け込むようにして歩いていった。