「グレン、最近起きてる誘拐の話知ってる?」
優雅なティータイム時にジャックから聞かれた問いに、グレンは顔を顰て頷いた。ここ数日で攫われた人間は五人、警察も動いているが未だに発見されていない。しかも誘拐された人間はみな子供であることから、街もとてもピリピリとしている。親は子供を家からださず、街中を歩く人は疑いの眼差しで見られるという現状。バスカヴィルの屋敷からあまり出ないグレンであったが、そのくらいは耳に入っていた。
「街はそれで大混乱してるみたいでさ、私も外出を控えざるを得ないんだよ」
「お前は自由に動きすぎだ。この機に大人しくすることを学んだらどうだ」
「えー、それは嫌だなぁ………」
他人ごとの様にジャックが笑うことに、グレンはどこか違和感を覚えた。そしてその違和感は不安に変わり、遂には確信に変わる。ジャックをその場に待たせ屋敷に戻ったグレンは、まずギルバートの部屋に向かった。
(いないか……)
従者の不在を確認した後、グレンは中庭に向かう。花の世話が好きなのか、よく暇な時間に中庭にいるのだ。しかしそこには何故かリリィがいた。
「リリィ、ギルバートは何処にいる?」
「グレン様!!ギルバートなら飴を買いに街に行きました!!」
悪気の無い笑みに頭痛を覚え、グレンはとりあえずリリィの頭を小さく叩いた。理由が分からないリリィは頭に?を浮かべている。恐らく街で起きている誘拐事件を知らないのだろう。リリィの世界はバスカヴィルの中で完結しているのだ。
「リリィ、罰としてギルバートを探してこい」
「罰!?でも分かりました、グレン様がそう言うなら急ぎます」
あたふたと準備をしに部屋に戻るリリィを見て、グレンも自室に戻った。
「売り切れてた……」
リリィから頼まれた(脅された)買い物をしに街へ来たはいいが、売り切れていたという想定外の事態にギルバートは困っていた。何も買わずに帰ればリリィは確実に怒る。しかし買った物がリリィの気に召さない場合も怒る。どっちにしろギルバートには荷が重かった。
「とりあえず帰らないと主人に怒られちゃう」
リリィに急いで行くよう言われたのでグレンにすら言っていない。もしグレンがギルバートに何か用を頼む場合、ギルバートがいないことでグレンに迷惑をかけてしまう。グレンに迷惑をかけることだけはしたくない。
(………そろそろお屋敷に―――)
そう思い歩を早めた時、誰かに肩を掴まれた。
街の一画にその男はいた。小綺麗な身なりをしている男は一見貴族に見えるが、生まれも育ちも大したことはない。庶民なりに貴族に手を伸ばしたいという足掻きに近いものだった。そんな彼には最近主軸としている収入があった。世間大衆を目的とはしない、あくまで一部の人間を対象としたもの。
そのために子供が必要だった、ある程度肥えていて環境の整っている子供が。ストリートチルドレンとは違う、愛を与えられた子供を貴族に売ること、それが男の収入だった。巷で噂をされている誘拐事態も男の仕業である。
(警戒されてるのか、子供が外に出てこないのは問題だな)
誘拐するにも子供がいなければ話にならない。男は街のメインストリートをひたすら見る。すると一人の少年が街を歩いているのを目撃した。
(キタ!あれなら高く売れる)
身なりからして貴族であるのは間違いない。貴族の子供なのか、関係者なのか。なにより護衛がいないことが奇跡だった。
(あの顔なら間違いなく売れる。今までで一番の良物だ!!)
興奮のあまり目が血走る。黒くウェーブした髪、髪質だろうか。着せられているような服は彼がまだ幼いことを示す。服自体も良質であり、あれだけでも高く売れるだろう。
男がその少年に近付こうとした時、背後から肩を掴まれた。
「わっ、主人!!どうしてここに?」
「お前を探しに来た。リリィの奴から買い物を頼まれたらしいな。だがこの時間外は物騒だからな、ファングなり誰か連れていくことだ」
「す、すみません!!勝手にお屋敷から出てしまって………」
申し訳なさそうに頭を下げるギルバートの手を引いて、グレンは屋敷の方へ歩を向ける。するとギルバートは、ふと思ったことを言った。
「主人、どこか怪我してますか?」
血の臭いがします、とギルバートは首を傾げた。しかしグレンは頭を振った。
「そうですか……」
ギルバートはそれでも気になるのか、鼻をすんすんしている。子供だからか嗅覚が鋭いようだ。そんなギルバートを見てグレンはマントの下にある剣を早く処分しようと決めた。