「ギルバートくん、少し良いですカ?」

真剣そうな顔でブレイクがギルバートに声をかける。一方ギルバートは、特に声をかけられる理由が無かった為、少し戸惑ってしまった。ブレイクに話し掛けられる、それだけに戸惑った訳ではない。ブレイクの後ろのレイムの姿、それにギルバートは戸惑っていた。

「レイムがいるということは公務についてか?」

「はい、そうですギルバート様。私からも幾点か話したいことが」

仕事熱心のレイムからの小言、それはブレイクよりもある意味怖い。真面目で異論を許さない人間だと、ギルバートは自身の中でレイムを評価していた。

「構わないが、………ブレイク、俺はレイムに何かしたか?」

「彼にしたわけでは無いですよ。むしろパンドラ全体にしたというカ―――」

「パンドラ全体!?」

どうやらギルバートの問題は個人の問題では納まりきらず、組織の問題へと膨れ上がっていたらしい。それが余計にギルバートを怖がらせる要因になっていった。

「ブレイク、俺は出来れば楽に死にたいんだが………」

「安心してください、死ぬよりかは軽く済むと思いますヨ」

死ぬという単語を否定しない辺り、どうやらかなり大規模な過ちを犯したらしい。自覚症状が無い分ギルバートの心はどんどん負のループへ向かっていく。

「ギルバート様、心当たりはありませんか?」

「心当たりと言われても………」

言われた仕事はこなしているし報告書もきちんと書いている。特に破損した物もなく上司に盾突いた訳でも無い。(ギルバートよりも上の人間などそうそういないが)

「ギルバートくん、最近の君の行動を思い返してみて下サイ」

「最近の、………仕事して報告書書いてオズに会ってバカウサギに肉を焼いてヴィンスとチェスして………」

「ギルバートくんストップ、最初からゆっくり」

「仕事して、報告書書いて……」

「ギルバート様、はっきり言いますが、ここ最近の報告書が出ていません」

「………は?」

レイムの言葉に耳を疑う。今レイムは何と言ったか。

「報告書が、出てない?」

「えぇ、四大貴族であるギルバート・ナイトレイが職務を放棄していると、コチラは報告を受けている訳デス」

「確認しましたが、ここ最近の報告書を受理したというデータはありませんでした」

「ギルバートくん、オズくんにも聞きましたが最近アナタ物忘れが激しいみたいですネ?」

「………あぁ、確かにオズ達によく言われる」

「ギルバートくんが真面目なのは知っていますが、もしかして忘れていたとかは」

「ない」

はっきりと言い切るギルバートの姿に二人は頭を悩ませた。本人に自覚がない場合、この手の問答は意味を成さない。ギルバートの部屋から書きかけの報告書が出れば確実だろう。

「一応、確認して構いませんか?」

「あぁ、いくらでも見てくれ。レベイユの方だって構わない」

ギルバートの承諾が取れると、二人はギルバートに宛がわれた部屋に向かった。



「で、結局どうだったの?」

「ありませんでしたよ、全く」

温かな庭園でオズとブレイクは優雅なティータイムを過ごしていた。シャロンは祖母であるシェリルの傍で実務にあたっており、アリスは部屋の中でお昼寝中。男二人、腹を割って話せるという訳だ。

「にしてもギルが職務放棄ねぇ。ありえないでしょ」

「私もそう思いますよ。でもこればかりは確かみたいですカラ」

角砂糖を何粒も入れて甘々にしい紅茶を啜る。オズもあまり苦いのは苦手なのか、甘めに味を煎れていた。

「悪の陰謀とかかもよ?」

「だとしたら大変ですねぇ。ギルバートくんは人気者デス」

ブレイクの物言いから、オズはその線も疑って調べたのだと察した。ギルバートは立場上、怨まれる可能性だって少なくないのだから。

「ギルは出した記憶があるんだよね」

「えぇ、どういうことなんだか………」

不機嫌そうなブレイクに対してオズは笑って言った。

「ギルって自分で記憶を改竄できたりして」

ピタリと、ブレイクがケーキに伸ばした手が止まる。視えていない筈の目が見開かれ、オズも反射的に目を見開く。

「ブレイク?」

「記憶の改竄―――その手がありましたカ」

食べかけのケーキを置き去りにしてブレイクは出かける支度をする。そんな姿のオズはオロオロとしてしまい、思わずブレイクに話し掛けた。

「ブレイク!!ちゃんと話してよ」

「ですから、キミの言う通りデスヨ。記憶の改竄、それが原因デス」

「ギルがどうしてそんなこと―――」

「ギルバートくんが報告書を出していない公務について調べたところ、共通点があったんですヨ」

「共通点?」

ティーセットを片付けながら、オズも出かける支度をしていく。ブレイクなら同行することを拒まない筈である。

「………全部の公務がギルバートくん一人の仕事だったんデス」

「一人ってことはギルが報告書を出さなきゃいけないってことだよね。でも同行者がいたら、ギルは立場上同行者に報告書を頼むんじゃないの?」

「いえ、ギルバートくんは他人に仕事を任せることが好きではないですカラ。だから同行者がいてもギルバートくんが出すんですヨ」

「けど、それが何か変なの?」

「ギルバートくんが一人で行った公務ということは、公務の内容を知っているのはギルバートくんだけということでしょう?」

「あっ、そういうことか」

同行者がいたならば、たとえギルバートの記憶が改竄されようと関係無い。同じ事象を他人と共有してしまっては、記憶の改竄は意味を成さない。しかしギルバート一人の事象ならば、ギルバートの記憶が改竄されれば事実は改竄された後のものになる。

「そんな………でもどうして」

「ギルバートくんに、自身を操れる技量があるとは正直思えません」

「外部からの、干渉?」

「おそらく」

ブレイクは馬車をレベイユにあるギルバートの家に向かわせる。

「で、どうするのさ」

「私に一つ、案がありマス」




「ギルバートくん、いますか?」

「あぁ、待て今開ける」

ガチャリと鍵が開く音がした後に、ギルバートがブレイクを迎え出た。

「いきなり来てスミマセンねぇ」

「………お前から謝られるなんて不思議な気分だな」

お茶を煎れる気なのかキッチンに向かうギルバート。それを制してブレイクはギルバートを寝室に連れてきた。

「―――ブレイク?何か秘密の話で…も……?」

突然ベッドの上に押し倒されたギルバートは目をパチパチとさせている。ブレイクはそんなギルバートの姿を見て、笑いながら指先を頬に近づけた。

「ギルバートくん、私がキミをどんな目で見ていたか、知ってましたカ?」

指先を頬から首筋に滑らせ、鎖骨の辺りを一撫でする。その動作にくすぐったさを感じたのか、ギルバートは身を反らした。

「ブレイク―――」

「ギルバートくん、私はキミを………」

ブレイクの言葉は最後まで発せられることはなく何かに遮られた。ギルバートが腰に下げている愛用銃である。しかし銃が首筋へ宛てられるのを予期していたかのように、ブレイクはギルバートの右手首を掴んだ。

「やっと出てきてくれましたカ」

『………お前まさか分かって?』

「ここのところギルバートくんの様子がおかしかったのは君のせいみたいですネ」

くすりと感情の篭っていない笑いを向ける。ギルバートは体を起こそうと必死だが、ブレイクはギルバートの上に被さっている為易々とは出来ない。

「で、君がギルバートくんの記憶を消す理由は何ですカ?」

『答える理由はない』

「男娼、ですか?」

ぴくりと、ギルバートの動きが止まった。ブレイクは考えが当たったと直感で感じて言葉を続けた。

「君が記憶を消した案件、全て相手が男趣味な輩でして。まぁギルバートくんは顔も整っていますし、素養という点では充分でしょうネ」

『――――』

「君のことです。そういう輩に食われた訳では無いでしょうが手は出された、違いますカ?」

『そうならお前はどうしたいんだ?ギルバートと繋がりたいのか?』

「生憎私は一人と相手を決めていますので、ギルバートくんには気はありませんヨ。ただ君のしている記憶を消す行為、それを止めて欲しい訳デス」

『ギルバートが苦しむのなら止める。しかし止めて苦しむのなら止めない』

「随分と分かりやすい答えですネ。しかしこちらとしては、迷惑なんですよソレ。ギルバートくんにとっても、記憶と現実が違っていたら戸惑うでしょう?困るのはギルバートくん、デスヨ」

『だがああゆう奴は消えない。消そうが増殖する虫のような存在だ』

「それに関してはコチラも全力を尽くしますヨ」

ブレイクが笑みを浮かべる。その笑みは、先程とは違う意志の篭った笑みだった。それに応えるようにギルバートは銃を下ろし力を抜いた。

『分かった、記憶を改竄するのは止めよう』

「君には正直消えてもらいたいんですがネ……」

『それは無理だ』

きっぱりとギルバートは告げる。それにブレイクは苦笑したが、次の言葉に息を呑む。

『主人とチェインは、簡単には解けないだろう?』

「………それは一体どう…いう意…味……」

聞こうとしたがギルバートの纏う空気が変わったことから、『彼』が中に戻ったのだと察した。ギルバートは目を擦りながらぼーっとした目でブレイクを見る。

「ブレイク、どうしてお前が此処に?」

「何と言えば良いのやら………」

ギルバートの上でマウントポジションをとっているブレイクに弁解の余地はない。誤解を解くのが先決だが、生憎ちょうど良い言葉が思いつかない。

「ギルバートくん、えー………」

「ブレイク大丈夫?」

扉から上半身だけ突き出して、オズは寝室を覗き見た。ブレイクはその言葉に応えるかのようにギルバートの上から体を退ける。

「ハイ、大丈夫ですヨ」

「ブレイク?一体何が………」

「ギルバートくん忘れたんですカ?君がお酒に酔って倒れたのを私が介抱したんですヨ」

「酒?こんな昼間からか?」

「えぇ、何かに悩んでいるようでした。まぁ昼間と言っても夕暮れですカラ」

「あぁ―――、何に悩んでいたかは思い出せないが酒を呑んだ記憶なら少し………」

「抜け切るまで休んでいなさい」

ギルバートをベッドの中に押し返し、ブレイクは寝室を出た。心配そうにオズは扉を見てからブレイクを見た。

「で、どうだった?」

「あの様子だと、まぁ好意的といったところですかネ」

「ふぅん。まぁギルの問題が治ったらそれで良いや」

聞き分けの良い子供のように振る舞うオズに対して、ブレイクは意味深な笑みを浮かべてポケットにあった飴を舐めた。

「にしても、チェインがねェ」

「ブレイク?」

「いえいえ、独り言デスヨ」

ひらりと手を振って、ブレイクは飴をガリッと噛んだ。

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