二人の目の前には、見たことのない人が立っていた。いや、それ以前に人間ですらない。性別は中性的でどちらにでもとれ、着物をモチーフとしたような幻想的な服をまとっている。髪はきれいな銀髪で高い位置で結いあげていた。全体的な線が細く、今にも消えてしまいそうだった。
「お前はいったい……」
「なんなんだ、てめぇは」
「窮地を助けた相手にその言葉遣いですか。戦闘技術の前に言語技術を学んだらどうですか」
「なっ――」
「ちょっとあんた何よ」
見ると彼女は不服そうになっている。
「なんで邪魔するの。っていうかあんた誰?」
「全く最近の人はなんで口が悪いんでしょうね。頭ならしょうがないですけど」
そう言いこの存在が手を上げる――すると二人の体に力が戻ってきた。
「あれ?俺ら動けるさ」
「発動が止まったのか」
一方、彼女の方は驚愕していた。
「なんで……なんで発動が止まったのよ!」
「私が止めましたから」
その存在はいとも簡単に語る。
「あなたの発動はトリックがあります。貴方の能力のスキル変化は威力が極端に大きすぎる。そんなの発動してしまえば、勝負なんてついたも同然ですからね。貴方の発動に詠唱陣なんて関係ない。あれはダミーで本当はここに結界を張っているんでしょう?あなたの能力はこの結界内でしか発動できない。だったら結界を壊せばいい話ですから」
「なんでそのことを………それにどうやって壊したっていうのよ」
「いちいち説明しなきゃ分からないんですか?ただあなたが結界を張るときに出している演算に、少し干渉して狂わせているだけですよ」
「そんなことできるわけ………」
「そんなことが出来るから、発動が停止しているのでしょう」
ラビと神田は分からなかった。いきなりでてきた存在が語ったことが理解できても、受け止められなかったのだ。干渉?なぜそんなことができる。そんな存在は当然知らされていなかった。
「なぁ、あんたなんで結界のこと分かったんさ」
「私としては何故気付かないのか、のほうが不思議ですよ。でもしょうがないのかもしれませんけどね。私は………」
「人間ではありません、イノセンスなんですから」
今、目の前の存在が何を言ったのかすぐに理解できたものはいないだろう。それはエクソシストにとって、常識を覆すものだった。イノセンスが意志を持ち実体化するなど、考えられることではない。憑依、または操ることが能力ならば問題はない。目の前の彼女のような例も同じく問題はない。しかし自分たちの前にいるのは、それとは根本的に異なるもの。意志を持ち、イノセンス自体の力で実体化をするなど。
「イノセンスが実体化なんて出来る筈がないでしょう」
最初に言葉を発したのは、彼女の方だった。
「そんなの嘘よ!!私たちは実体化なんて出来ないわ!!」
「なんでそんなことが言えるんですか?現に目の前にそのような存在がいるのに」
「だって、出来るんだったらみんなしてるもの!!実体化出来るんだったら、適合者と共に闘える・・・そんなことどのイノセンスも望むことじゃない!!なんであなただけが出来るのよ!!そんなのおかしいじゃない!ふざけるのも大概にして!」
その存在が次の言葉を発した時、錯覚では無く確かに周りの温度が極端に下がった。
「なっ―――」
「温度が……急に下がりやがった」
「なによ急に……」
「今……あなたはふざけるのも大概にして、と言いましたか。私にしてみればあなたの言っている事の方が、ふざけているとしか思えない」
「私が……ふざけてるですって?」
「えぇ、あなたは何故全てのイノセンスが、同等に力を持っていると考えているのですか?」
「え?」
「ですから何故あなたと私が同格なのでしょう?」
「そんなイノセンスに上か下かなんて……」
「あるわけないと思っていたのですか?そうでしたら、あなたはとても愚かですね」
「愚かですって!?」
「この際ですから言わせてもらいますけど、あなたと私には天と地との差があるんです」
「そんな……」
「あなたに出来なくて私に出来る理由、そんなの元からもっている力が違うからに決まっているでしょう」
「………」
彼女は何も言わなくなってしまった、代わりにラビと神田が口を開く。
「あんたの言ってること、俺らには理解出来ないさ」
「イノセンスの個体ごとに差があるなんて話、これまで聞いたことねぇしな」
「ずいぶん狭い思慮ですね」
「じゃあ一つ聞くけど、あんたアレンの意思が無くても発動出来るんさ?」
「えぇ出来ますよ」
「適合者の意識が消えれば、発動は止まるんだよ」
「でも今、私は発動していますよ」
「なぁ、あんたホントにイノセンスか?」