今回の奇怪の内容は、森の環境が崩れ結界が張られたこと。そしてこの結界はイノセンスが原因というのが、黒の教団の考えだった。しかし、彼女によればこの奇怪は自分が起こしたものではない。彼女の目的は、適合者である女の子の親を探すこと。そのために森を歩いているが、森から出られなくなったと言っている。三人は正直意味が分からなくなっていた。
(イノセンスの干渉……)
不意にアレンの耳にあの声が入ってきた。いきなりのことで驚いたが、どうやら二人には聞こえていないらしい。ここでこの声と会話をするわけにはいかなかったので、アレンは耳を澄ませて聞くことにした。
(これはイノセンスの波長が周りに干渉したために起きた現象でしょう。イノセンスの生き返らせたいという想いが彼女の中に納まりきらず、外部に放出されています。それが周りに影響を与え奇怪が起きている。そう考えるのが妥当だと私は思います)
アレンは少し信じられなかった。そんなことが現実に起こるなど、見たことも聞いたこともなかったからだ。
(奇怪を止めるためには、イノセンスの発動を停止させるか、一時的にでも抑える必要があります。しかし発動を止めるということは……)
続きを言わなくとも誰にでも分かる。彼女はイノセンスで生を繋いでいるのだから、発動が止まればそれは死を意味する。このイノセンスはそんなこと認めようとはしないだろう。だとすると、残された選択肢は一つ。
「神田、ラビ、僕から提案があります」
二人の視線がアレンへ集まる。
「僕がイノセンスを一時的に吸収しますから、二人は森の外へ急いで出てください」
二人は最初意味が分からなかった。イノセンスを吸収なんて、聞いたことも無かったからだ。
「あのイノセンスが発動し続ける限り、僕らはここから出られない。当然奇怪だって止まりません。だから僕があのイノセンスを取り込んで一時的にでも相殺します。その間僕動けなくなっちゃうと思うので、二人で森から出てほしいんです」
確かにアレンの言う通りイノセンスをどうにかしないと、ここから出られない。
「そんな危ないことアレンにさせられないさ」
「モヤシじゃそんなことできねぇよ」
「それでも今はそれ以外には方法はありません」
アレンは真剣な瞳をしている。正直この気持ちを変えることなど、出来ないだろう。二人は仕方なく諦めることにした。
「けど、アレンが吸収したらオレらでアレンをちゃんと森の外まで運ぶさ」
「モヤシを置いていったら、始末書の量が増える」
「………ありがとうございます」
そして三人はイノセンスに向き合った。三人がイノセンスを発動させると、向こうも警戒しだした。三人の作戦としては、神田のすばやい攻撃で相手をひるませ、ラビの威力が大きい攻撃で体勢を崩させ、最後にアレンが吸収する手筈だった。しかし現実は上手くいかないのが常識で、当然今回も適応された。ラビの攻撃までは上手くいったが、ここでアクシデントが発生した。向こうがこの作戦の先を読んだのか、体勢を崩さなかったのだ。そればかりか、向こうが攻撃をしてきた。アレンは吸収の動作に入っていたため、防御など出来るはずも無く。結果、相手の攻撃をダイレクトで受けることになった。
「がっ……」
「アレン!!」
「チッ、モヤシが」
ラビと神田がアレンに駆け寄るが、打ち所が悪かったのかアレンの意識は途絶えていた。
「まずいさ、この状況は」
「モヤシが起きるまで、時間稼ぎしろってことかよ」
「けど、あいつ相手に守りながら戦うのはちとキツイさ」
「こんなところで気絶しやがって」
その時、二人は身体から力が抜けたのを感じた。
「なんだこれ!」
「ち…力が入らないさ」
「あらーちゃんと作用してるみたいね」
二人の周りには詠唱陣が展開されていた。
「貴方達、私のイノセンスの効果知らないでしょ?まさかイノセンスの能力が全て攻撃系だけなんて思ってないでしょうね。私の能力は敵、味方の能力値(スキル)を変えること。今、貴方達のスキルは最低レベルよ。全神経の伝達速度を極端に遅くしているから、当然早くは動けない。ちなみに私のたった一撃で彼が気絶したのは、私のスキルを最大限まで引き上げたからよ。さて、そろそろ終わりにしましょうか」
彼女は落ちていた木の枝を、軽く振って見せた。
「これを最大スピードで投げられたら、どれだけ痛いでしょうね。一撃で死なないでよ?だってつまらないでしょう」
そう言って彼女は木の枝を、ラビの顔面めがけて投げつけた。しかし、衝撃は全く来なかった。
「敵の能力にわざわざかかるなんて、少しは気をつけたらどうですか?まぁ、今回はアレンのミスですから、あまり強くは言えませんがね」
聞き覚えの無い声がした。