5月9日〜7月29日
番外個体の生きがいは一方通行を苦しめること、もといからかうことである。ミサカネットワークから負の感情を拾い上げるのに長けている彼女は、とにかく様々な嫌がらせをする。この負の感情というのは妹達が持つべき辛さや苦しみ、恨みなどを指すはずなのだが。
番外個体の嫌がらせは朝から始まる。寝ている一方通行のベッドに潜り込み、ひたすら息を潜めて待っている。ちなみに今の彼女は上しかパジャマを着ていなくて、下は直接下着な状態だ。そして一方通行が起きたらこう言うのだ。
「昨日はいつもより優しかったね」
ベッドから蹴り出された番外個体はめげずにリビングに向かう。痛む腰を支えながらだが、気にせず向かう。ちょうど黄泉川が炊飯器で朝食を作ているところで、良い匂いが漂っていた。日本らしい和食である。隣で食器を出したりしているのは打ち止めであった。どうやらお手伝いのようだ。
「おはよう番外個体。一方通行起こしてもらえる?」
「呼ばれなくても起きてる」
一方通行はいつも通りの格好で杖をつきながら椅子に座る。
「機嫌悪いみたい、どうしたの?」
「朝っぱらからクソ五月蝿いガキとご対面したからな」
「ミサカに昨日したこと忘れちゃったの?」
「あァー黙ってろ。そもそもオマエに手を出した覚えはねェよ」
「ミサカそっち系の話をしたんじゃないんだけどなぁ〜。一方通行はそういうの気になるお年頃だもんねぇ」
「朝から喧嘩?仲良いわね」
ボサボサの髪を気にせずに、芳川がやってきた。目の下には隈、服も昨日と同じ。睡眠時間を疑うような姿である。
話の腰を折られてしまった番外個体は不機嫌で、何か一方通行に嫌がらせをしようと策を巡らせる。ふと、目に入ったのは砂糖の箱。
(確かコーヒーいつもブラックだった筈……。一方通行甘いの苦手だもんねぇ)
番外個体はさりげなく砂糖の箱を引き寄せた。そして全員の目が天気予報にいった瞬間に、一方通行の味噌汁に砂糖をぶち込んだ。
(ふん!これで悶えてのたうちまわれ!!)
番外個体の思惑通り、一方通行は味噌汁に手を伸ばした。砂糖が入った味噌汁なんて飲んだら誰でも卒倒である。一方通行が倒れて悶える姿を番外個体が想像していると……
「ちょっと待ったぁ!ってミサカはミサカは待ったをかけてみたり。ミサカは今日のお味噌汁に大満足なので一方通行から強奪ってミサカはミサカはあなたの味噌汁を我が物にしてみる!!」
打ち止めが一方通行が口をつけようとした味噌汁を横から奪い盛大に飲んだ。芳川が行儀が悪いとぶつぶつ言っているが、次の瞬間に打ち止めが倒れた。
「打ち止め?どうしたじゃん」
「甘い、甘すぎて死ぬってミサカはミサカは死因を予知してみたり。いや、甘す…ぎて……」
打ち止めは甘い甘いと呟きながら遠くを見ている。態度には出さないが一方通行も動揺しているようだ。
「貴方の味噌汁に砂糖が入ってるみたい」
芳川は打ち止めが倒れた原因である味噌汁を舐める。味噌汁からは出る筈のない味に芳川は顔を顰た。
「……オマエか」
「打ち止めが飲むとは……。ちょっと誤算だね」
その後黄泉川から食べ物の大切さについて、番外個体は1時間程説教された。
その後も一方通行に足蹴にされたり打ち止めが被害を被ったりと、番外個体の嫌がらせは難航していた。嫌がらせをしなければいい話なのだが、どうもむず痒い気持ちになるのだ。まさに本能というやつ。しかも番外個体が思いつく嫌がらせが低レベルなものであり、それがまた足蹴にされる理由だったりする。
(色仕掛けはダメなんだよなぁ。アイツ本当は女なんじゃ……)
ちなみに男女の判断は以前番外個体が一方通行のお風呂に乗り込むという嫌がらせで証明されている。結果はまぁ、ある意味予想内だった。その時実は番外個体は裸だったのだが、一方通行は特に反応を示さなかった。彼は
「寒ィから開けんな、出てけ」
それだけしか言わなかった。
(まさかミサカ、女として見られてないんじゃ……。アイツロリコンだし)
そんなことを思いながら番外個体の頭は嫌がらせについてで一杯だったりする。打ち止めを使うのもいいが、なんというか……本気でキレそうで怖い。一方通行は自転を狂わせたりビルに手を突っ込んだりする人間だ。境界を見極めなければ……。と思いつつ、番外個体はミサカ系列だから大丈夫だとも思っていたりも。
「番外個体〜、悪いけど手伝ってじゃん」
黄泉川が台所から番外個体に声をかけた。どうやら本格的な掃除をしているらしい。引き出しやら棚やらから物を全て出している。
「ちょっと警備員の仕事入って……。綺麗にならなきゃ夕食なしじゃん」
「モヤシにやらせれば?」
「アイツなら既に犠牲じゃん」
番外個体が台所を覗くと、そこにはエプロン姿の一方通行が。一方通行は皿洗いをやっている。
「ははっ、昔は拝めなかった家庭的一方通行だ」
「いつの話してンだよ。ったく面倒臭ェ」
「家にいる以上家事は当然じゃん」
黄泉川は警備員の準備をしながら、番外個体に仕事を教えた。仕事といっても棚から物を出して壊れていたら捨てるというものだ。
「出来れば帰る前に終わってたら助かるじゃん」
「はいはい」
黄泉川が出ていき、打ち止めはお昼寝中。芳川は求人情報を求めて外にいる。つまり実質今は二人きりな訳だ。なんと美味しいシチュエーション、今こそ好機。番外個体は脳内嫌がらせ帳から相応しい嫌がらせを探す。
「オイ」
エプロン姿の一方通行の写真をミサカネットワークを通して全国配信しようか。いやいや、泡まみれな一方通行も貴重である。相手は杖なんだし歩はこちらにあるのだから、要は何でもし放題。
「オイ、オマエ……」
いやいや、もしかしたらこの棚にお宝が眠っているかもしれない(嫌がらせ用の)ここは素直に片付けをしている振りをして油断を誘うのも一興。普段の一方通行は鋭いようで鈍い。特に番外個体達には。
「オイ、オマエ危な…!」
「えっ?」
ガチャッという音と共に、番外個体の視界は真っ白になった。
「……大丈夫か?」
番外個体が目を開けるとまず白。いや、白と肌色と……赤?
「ちょっと……」
「棚の扉が半開きだったぞ。ったくそれくらい気づけ馬鹿が」
「そうじゃなくて……」
「あァ?」
「それ……血?」
番外個体に覆い被さるように倒れた一方通行が上体を起こすと、番外個体もそれに続いた。番外個体の、正確には一方通行の周りには棚から落ちたであろう食器や器具。
「気にすンな。大した傷じゃねェよ」
血が床に滴る、今まで嫌という程見た光景に番外個体は畏縮した。番外個体を庇ってくれたということだけは、番外個体に理解出来た。
「怪我は?」
「………ない」
そォか、と一方通行は立ち上がるが、足元が覚束いている。フラフラと杖を取りに行くが、落ちた物達が行方を阻んでいた。
「ミサカが取ってくる」
返事も聞かずに杖を一方通行に渡した。一方通行は悪ィとだけ言って皿洗いを続けた。
「後片付けはミサカがやる」
「当然だ」
「でもその前にコレ」
番外個体は救急箱を一方通行に押し付けその場に座らせた。
「一方通行?どうしたんだよその怪我」
黄泉川が不安そうな目で見ている。
「俺のミスだ。気にするな」
「ったく、早く杖に慣れるじゃん」
どうやら杖のせいだと勘違いされたらしく、その話は打ち切られた。その方が双方にとって良いので特に訂正はしなかった。
「………」
「何考えてようが構わねェが、面倒事は起こすな」
「………」
「……心臓がいくつあっても足りねェだろォが」
「ミサカのこと、心配したの?」
「言っただろ。面倒事は嫌いだって」
一方通行はそのまま自室に戻り、リビングには番外個体しかいない。番外個体はクッションに頭を押し付けると、うーだのあーだの呻き始めた。
「ドキドキさせてやる側がされてどうするんだ」
番外個体の思いはネットワークに配信されることなく、蓄積された。