エリオットの義兄であるヴィンセントはチェスが上手い。エリオットも嗜む程度だがヴィンセントは格段に上手かった。
ヴィンセントは相手の手を綺麗に読んでくる。ヴィンセントの思考は常に相手の数歩先にあるのだ。そんな相手にエリオットが勝てるわけもなく、今日もエリオットは連敗記録を更新していた。
「………っ」
「はい、チェックメイト。また僕の勝ちだね」
「五月蝿い!もう一度だ!!」
エリオットが駒を並び直していく。その動きをヴィンセントはにこやかに見ていた。
「ったく、なんで俺は勝てないんだ」
「エリオットは単純なんだよ」
「お前に勝てる奴なんているのか?」
「勝率が五割の人はいるよ」
「お前が二分の一で負けるのか!?」
思わず直していく手を止めてしまう。それほどまでに驚くことだったのだ。
「なぁ、そいつって誰な……」
「早く始めようよ。また僕が勝つからさ」
挑発と取れるその言葉にエリオットは簡単に乗ってしまう。そしてイライラしたままチェスを始めた。
「…………」
「エリオット、投了?」
「うっ五月蝿い!!」
しかしエリオットの現状は厳しい。迂闊に動かすとヴィンセントに食われてしまう。
「チェスやってるのか?」
見れば扉の所にギルバートが立っていた。息は少し上がっており、走ってきた様子を思わせる。
「あぁ、ヴィンセントにやられてる」
「ヴィンスは上手いからな」
ギルバートは盤上を何となく見る。それだけでヴィンセントが優勢なのは一目瞭然だ。ふと、エリオットはヴィンセントを見た。ヴィンセントの中で一番であるギルバートがいるのにヴィンセントは大人しい。これは珍しいことだ。いつもなら「兄さん兄さん」五月蝿い筈なのに。
「エリオットが劣勢なのか?」
「見れば分かるだろう」
「そうか。……なぁ、ちょっと代わってくれないか?」
「はぁ?」
プレイ中にプレーヤーが代わるなんて言語道断だ。それくらい常識。しかし今のままではエリオットは確実に負ける。そうならば代わるのも良いかもしれない。
「エ、エリオット!代わるのは卑怯じゃない?」
「お前から卑怯という言葉を聞くとは思わなかった」
「良いじゃないか、なぁ?」
ギルバートの無邪気な笑顔にヴィンセントは言葉が詰まった。ギルバートは多分エリオットが負けているのを兄として助けたいのだろう。
「………分かったよ。でも劣勢なのは変わらないからね」
「当たり前だよ」
プレーヤーが変わり試合が再開していく。ヴィンセントが仕掛けていく攻撃をギルバートは寸でで避けていく。エリオットには出来ない芸当だ。
「あの状況からこんなに反撃出来たのか」
エリオットが投了しようとした状況からギルバートは反撃してみせた。エリオットが見落としていた手がたくさんあったのだろう。注意力の無さに少し恥ずかしくなったエリオットだった。
「………負けました」
「あのヴィンセントが!?」
確かにヴィンセントの負けであった。あの余裕そうなヴィンセントがふてくされている。そんなヴィンセントの頭をギルバートは撫でた。
「ギルバート、お前チェス強かったのか?」
「いや、ほとんどしないからよく分からないな。ヴィンセントには勝率八割くらいだけど」
「………ヴィンセント」
「僕が言い間違えただけじゃない?」
「まぁまぁ、チェスなんだし熱くなるなよ」
「ちなみにヴィンセント。ギルバート相手だから手加減とかは………」
「負けて悔しがる兄さんも好きだもの」
ギルバートは天然で強いのだろう。意外な一面を知ったエリオットだった。