ナイトレイ家の中庭、そこは比較的落ち着いた花で埋められている。黒い薔薇まではいかないが青や紺ばかりだ。
(此処が一番落ち着く………)
中庭の開けた場所に寝転がるギルバート。メイドが見たら怒られてしまう。身分の高い人間が地に寝るなど気品に厳しいナイトレイでは出来ない。
(オズなら……、ベザリウス家なら気にしないのに)
ベザリウスは四大貴族で一番光を浴びるからか、自由にしているイメージがある。現にギルバートがかつて仕えていた時、オズは自由気ままに生きていた。
(ナイトレイは苦しい。息が詰まる)
義姉とは上手くいっていない。彼女は養子であるギルをナイトレイとして認めていない。しかもその養子が鴉と契約したのだ。エリオットを差し置いて、そう考えているに違いない。
「お前、何してる?」
不機嫌そうな声の方へ億劫そうに向ければ、そこには先程まで脳内にいたエリオットがいた。
「あぁ、エリオットか。どうした、迷子か?」
「少なくともお前よりは長くいるんだ。そんな筈はないだろう」
「すまない。エリオットはもう子供じゃないな」
声は返すがギルバートの興味がエリオットに向けられることはない。そんな態度に腹が立ったのか、無造作にギルバートの隣に座った。
「服汚れるぞ」
「自分の格好見てから言えよ」
「そうか、酷い格好だな」
服の所々に草がつき、元々うねりのある髪にも付着している、まさに草まみれだ。そんな格好ではナイトレイの威厳は微塵もない。
「屋敷に戻らないのか?」
「お前こそ戻れよ。その姿ヴィンセントに見せたらどうだ」
ギルバートは何か呟いているが腰を上げようとはしなかった。
「屋敷に戻りたくないのか?」
「………嫌いだ、ナイトレイ家は。たとえ鴉と契約していても継ぎたくない程にな」
思った以上に低い声が出て驚いたのか、悪いとギルバートは呟いた。エリオットも予想以上に低い声に、肩を少し跳ね上げた。
「でも、お前の家はここだろう?」
「俺の家はレベイユだよ。此処じゃない」
「それはナイトレイの人間が吐く台詞か」
「俺は此処を一生家だとは思わないさ」
ギルバートは腰を上げて立ち上がる。エリオットは座っている為必然的に見上げることになる。ギルバートの目には何も写っていない、その事実がエリオットの中を駆け巡った。
「でも………」
「?」
「弟に会いに来るくらいはするさ」
そう言い放ったギルバートの目はエリオットを捉えていて、エリオットもそれに捕われた。ギルバートは少しだけ微笑むとエリオットの頭を撫でる。普段なら即座に振り払うが今回はしなかった。
「ヴィンセントが寂しがってるからか?」
「俺には弟が二人いるからな。どっちにも、だ」
ギルバートは服についた汚れを払い、帽子を目深に被った。それだけで、ギルバートはいつもの影を取り戻していた。ナイトレイを継ぐものとして必要なそれは、まだエリオットはもっていない。
「じゃあなエリオット。少し気持ちが楽になった」
ギルバートはきっと、何かに悩んでいたのだろう。全てを背負ってしまう彼は打たれ弱い。そしてそんな彼を、弟として支えたいとエリオットは思った。