闇に染まるナイトレイ家は裏の仕事を任されることが多い。他の三貴族がしないようなことをやらなければならない劣等感。常に血に塗れていなければならない境遇は、三貴族と画するところである。

裏の仕事を任されるということは、同時に多くの敵を作ることにもなる。消した組織からの報復やその関係者からの襲撃、山のようにある。そのせいかナイトレイ家の人間は武器に長けている面がある。

エリオットは父から剣を託された。しかも普通の剣ではない、特別な剣。父からの信頼の証である。ギルバートの様に銃は撃てないがこれならエリオットも戦えるのだ。本当はパンドラ最強と呼ばれるブレイクに習いたいがそんなこと言えないので、ナイトレイ家の師に教えてもらうことになった。

そんな矢先、ナイトレイ家で式典が開かれることになり貴族達が集まった。各界の要人達が集まるとあって警備も強く、パンドラの人間が多数派遣されていた。そんな理由でか、エリオットにも帯刀が許されたのだ。何かの際には自衛できるように。心配するような事態にならないのが好ましいが、もしもの場合がある。ギルバートもハンドガンを一丁所持していたし、ヴィンセントでさえ持っていた。

式典も順調に終わり、最後に各貴族の首がそれぞれ挨拶した。拍手の中、一人一人挨拶していく。最後にエリオットの番になった。ナイトレイ当主は体調を崩したからである。彼の番になった瞬間に、明かりが落ちた。

三秒程で回復したが、その貴族の後ろに黒装束がいて、首にナイフを当てている。エリオットは剣に手を掛けようとするが、黒装束に制された。

「コイツの命が惜しければ金を用意しろ!下手な真似はするなよ、首が飛ぶぞ」

その言葉に会場内は騒然とする。無理もない、自分が動けばエリオットが死ぬかもしれないのだ。逃げ出したいが不用意に動けない。

「金が目的なら他の客は逃がしてくれないか」

「ダメだ。人質は多いほうがいいだろう」

黒装束に隙はない。訓練を積んでいるのだろう。日々の訓練が全く実を結ばないことにエリオットは腹がたった。所詮は非力であると痛感してしまったのだ。後ろを取られていては、素人のエリオットはどうにもできない。パンドラの人間も焦っていた。会場から人が出られないということは、ナイトレイ公の元にも行けない。

「誰かがナイトレイ公の元に行かなければ交渉は呑めないぞ」

「貴様らとてパンドラの人間、判断くらい出来るだろう」

この場にはバルマ公とシェリル女公爵がいる。二人がいれば実質パンドラの半分の権力だ。

「汝は我に判断を下せと?」

「その通りだ」

「ナイトレイ唯一の子ではない。可能性が低いとは思わなかったのか?」

つまりは唯一の子ではないのだから切り捨てられるという意味。確かにギルバートやヴィンセントもいる。しかし……

「嫡子は唯一、だろう?」

エリオットは唯一ナイトレイの血を継ぐもの、養子とは違う。嫡子を失うことは大きすぎる。

「パンドラが汝に屈するのは不愉快極まりないな」

「では見殺しにするか」

バルマはちらりとブレイクを見た。ブレイクならこの程度制圧出来るだろう。しかし黒装束との距離が大きい。ブレイクが黒装束の元に行くまでにエリオットの首は確実に裂かれる。エリオットが死んでは元も子もない。

(気を逸らせれば良いんデスガ……)

あの男一人潰せればいいのだ。隙をつければ確実に仕留められる。

「そこの者、金を用意し「その必要はない」

視線が声の主、ギルバートに向けられた。会場の壁に凭るように立っており、黒装束を睨みつけた。ギルバートの隣にはヴィンセントがいて、冷酷な笑みを浮かべていた。

「義弟を犠牲にしてまで金は大事か?」

「金を用意する必要はないとは言ったがエリオットを見捨てるとは言ってない」

「ほう、ではどうする気で?」

ギルバートの目が黒装束を居抜く。まるで獲物を狙っている鴉のように。エリオットは僅かな風を頬に感じた。気づかないほど些細な風を。すると首に当てられていたナイフの感触が消えた。思わず振り向くとうずくまる黒装束。

「どきなさい!」

ブレイクの声と同時にエリオットは壇から下りた。黒装束の首に剣を当てて、薄く微笑む。

「形勢逆転デスネ。ナイスですよ、ギルバート君」

「エリオット怪我はないか?」

近づくギルバートから僅かに香る硝煙の臭いにエリオットは先程の風を理解した。

「あの位置から撃ったのか!?」

「あぁ、おまえに当たらなくてよかった」

「兄さんの腕なら外さないよ」

ヴィンセントがニコニコ笑ってエリオットの元へ来た。だがその顔にはどうにも心配の色がなかった。

「感謝してよエリオット。僕のおかげで助かったんだから」

「ヴィンセントは何もしてないだろう」

「僕が兄さんの前にいたから兄さんは狙撃の準備が出来たんだよ」

確かに壇から会場を一望出来た。エリオットから当然義兄は見えていた。同時に黒装束からも見えていたことになる。あの状況で腰のホルスターから銃を抜くのは至難の技だろう。

だが抜いてから一瞬で照準を合わせた。照準を合わせるのに時間をかけたら黒装束に存在を認知されエリオットは死んでいただろう。それに会場の壁に凭ていたのだから実質端から端までの距離である。そして前にはエリオットがいた。つまりはエリオットの顔の横の黒装束の肩を狙ったわけで、そんな幅はほとんどない。改めてギルバートの力量を思い知らされた。エリオットはそう感じていた。

「抜けてる部分もありますが優秀デスヨ、君のお兄さんはネ」

ブレイクが残した言葉に少し驚き視線を移すと、ブレイクは手をひらりと振っていた。ギルバートはヴィンセントを少し話してから黒装束の扱いについて話していた。そして会場の人間を安全に帰すべく、パンドラの人間を動かしていた。

「お礼、言っておきなよ」

ヴィンセントはそれだけ言って去ってしまった。ギルバートがいるから出席しているのだ。ギルバートが戻るならヴィンセントも戻るのだろう。

「ギ、ギルバート!」

ギルバートは振り向き首を少し傾げた。エリオットから呼び止められる理由がないと思っているのだ。

「あ、ありがとう」

「あぁ、義兄だからな」

ギルバートは少し笑ってエリオットの頭を撫でると、パンドラの人間と共に本部へ戻っていった。撫でられた感触を忘れられずに、エリオットはその場でうずくまった。

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