本編捏造話。匡平が枸雅家頭首になる話です。
ばたばたと屋敷を駆け回る足音。そして足音と足音の間に時々入る襖を開けるような音がする。しかし目当ての人物はなかなか居ないのか、探している本人は十分ほど走り回り、ようやく会いたい人に会えた。
「あっ阿幾、……どうしたんだよ慌てて」
ずかずかと匡平の居る間に入ると、匡平の胸倉を急に掴んだ。匡平の服は今洋服ではなく和服のため、服の合わせ目が開(はだ)けてしまう。
「まずは一つ礼だ。門から一番遠いところに居てくれてありがとよ匡平くん。おかげでこっちは馬鹿でかい屋敷の中を走り回らせてもらったぜ」
「走ることは健康に良いんだよ阿幾。良かったじゃん、健康健康」
ブチリと阿幾の中で糸が切れ、隠すことなく舌打ちをする。匡平はそんな阿幾の態度に苦笑し顔を俯かせた。
「でも阿幾、俺ちゃんと自分の意志で決めたから。血とか家柄に縛られたく無いのは事実だけど、やっぱり俺は枸雅匡平だからな」
「………周りは反対しなかったのか?」
「まさか。俺が継ぐって言ったら当たり前な顔された」
枸雅一番の力だからな、と匡平は笑って言う。否、これは笑いではない。匡平が心の底から家のことで笑える筈が無い。匡平の意志で継ぐことは決めた。しかしそれを周りは当たり前だと考えている。これが自身達と村、正確にはお社との考え方の違いなのだろう。それを阿幾は妬み恨み許せないでいた。
「だから阿幾、」
阿幾の手に自身の手を掛け戒めを解いていく。行き場を失った手は虚空を掴んだ後、だらりと垂れ下がった。そして開けた部分を直して匡平は座った。それに続くように阿幾も座る。
「俺はこの村を変えたい。生まれて来る子供達にとって立派な故郷になれるような空守村に変えたいんだ。たがら、阿幾にも協力して欲しい」
「………それがお前の願いで答えなのかよ」
「あぁ。お社や枸雅の縛りとは関係無い。次期当主枸雅匡平の意志と決意だ」
真剣な目が阿幾を貫く。いったいいつからこの目を見なくなったのだろう。村に失望した時から?玖吼理を失った時から?思い出せない程に記憶は遠く時間は長かった。
「………ただいまからこれをもちまして、枸雅家隻の一人枸雅阿幾は次期当主である枸雅匡平に絶対の忠誠と信頼を誓います。私の身は貴方の為に、私の刃は貴方の願いの為に、その存在を許されます」
「阿幾!?」
「昔は、昔はこうやって盟約を交わしたんだとよ。隻である身と当主である身は儀式において関係を確立させる。随分と前に無くなったみたいだがな。理由としては面倒臭かったのと、忠誠なんて形式だけだとしても誓いたく無かったんだろ」
本当なら正式な服と儀式場が必要なんだ、と阿幾は語る。きっと枸雅の家にあった古い書物でも読んだのだろう。枸雅家には比較的古い書物まで大抵は大切に保管されている。
「まひるなら匡平相手にマジでやりそうだな」
「まひるは日向だぞ。やるなら勾司郎相手にだろ」
「鈍感なんだか理解力が無いんだか………」
阿幾は自然な動作で縁側に出る。それに続くように匡平も縁側に出た。爽やかな空が一面に広がっていて、それが二人のことを照らし出した。
「何があっても傍にいて守ってやるよ、匡平サマ」
「そりゃありがたいことだな、阿幾」
二人の握手はいつもと違う握手だった。幼い頃とは違う、二人の中の何かを繋げるような、そんな握手だった。