「匡平匡平、」

とてとてと匡平の後ろを歩く詩緒。匡平の歩くペースが早いため、詩緒は必然的に小走りをする必要がある。しかしまだ幼い詩緒にとって兄である匡平に追いつくことは難しい。したがって匡平の数歩後ろを詩緒は走っていた。

するとぴたりと匡平の足が止まる。急に匡平が止まった為に、詩緒は思わず匡平にぶつかってしまった。小走りをしていたので地味に痛い。しかし詩緒はそれに構わずに、ただ匡平を見上げた。

「匡平、どうしたの?」

いつもと違う匡平の態度に詩緒は戸惑う。何か怒らせてしまったのか、詩緒は回らない思考を巡らせるが何も思いつかない。次第に不安になってきたのか、詩緒は泣き出してしまった。弱く見えるから、と泣くことを嫌っていた詩緒だが気持ちに歯止めが利かない。

「きょ……へ…?」

「ごめん、ごめんな詩緒」

匡平の手がゆっくりと詩緒の頭に乗せられる。そしてあやすように、頭を撫でた。頭を撫でられて喜ぶ歳ではない筈なのだが、何故か無性に喜びを感じた。それはいつもと違う匡平から感情を感じられたからなのか、よく分からないが詩緒は安心した。

「帰ろう」

「うん」

今度は詩緒の手を引いて、匡平は歩き出した。もちろんペースは詩緒に合わせてだ。来た道をひたすら戻っていく。すると村にはすぐに着いてしまい、行きの距離とは全く違うように詩緒は感じた。きっと今は匡平が隣に居て一緒だからなのだろう。

それから数年後、匡平が村を出る前に詩緒はあの日の真意を聞いた。今の詩緒はまだ子供ではあるが、もう子供ではない。

「あぁ、ただ逃げたかったんだ、なんか急に村からさ。それで俺が村から居なくなったら、隻はきっと詩緒に継がれる気がして」

隻としての負い目や責任を背負わせたくなかった、と匡平は語った。その目は兄が妹を思いやる目で、匡平の気持ちが詩緒に伝わる目だった。打ち明けられた話に驚きつつ嬉しかったのも事実。詩緒は自身が匡平にとって大切であるということが何より喜びだった。

「詩緒、玖吼理と頑張れな」

信頼している兄から信頼の言葉を託されて、詩緒は元気な声で返事をした。

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