亞夜はママが嫌い。
ママとも呼びたくないくらい憎んでいる。
何故なら、臨也パパに一番に愛されているから。
亞夜の方が臨也パパを愛しているのに、いつだってパパの一番はママだった。
亞夜がどんなにパパに“愛してる”を告げても、パパは困ったように笑って『亞夜も彌夜も大事なパパとママの子供だよ。』と言ってはぐらかされるだけ。
何で?どうして?
亞夜はこんなにパパに似ているのに。
見た目だって、性格だって、目の色だって、頭の良さだって、
全部全部こんなに似ているのに。
どうしてパパは、亞夜を見てくれないの?
亞夜が子供だから?
それだったら、そんなこと感じさせないくらい貶めてやればいい。
パパが大好きな人間たちを壊してしまえばいい。
ママを、奪ってしまえばいい。

(あんまり亞夜をナメない方がいいよ。)




――――――――――――





思い立ったら即行動。
パパも波江さんもいない間にパパの仕事用のパソコンを立ち上げる。
“password”
すぐに出てきた画面に暫く考えて、ママの誕生日とスリーサイズを入れたら一発で開いた。パパのママ溺愛っぷりに舌打ちをしつつ、必要な情報を掠めとる。
今回はママを困らせる為に、少し小さい組織を利用してママを襲わせる計画を立てていた。
まだ小さい組織だし、金さえ払えばこっちの指示通り動いてくれるだろうと、早速その組織の掲示板に文章を打ち込んでママの写真を添付した。
『この女はこの組織を潰そうと暗躍している。捕まえれば賞金は300万円。』
投稿のボタンを押して準備は完了。
アクセス数もなかなか多いみたいだし、これで夕方ママが買い物に出れば、間違いなくこの組織の奴らに絡まれるだろう。

「さて、どう出るか。」

別に殺す訳じゃない。
少し困らせるだけ。
そう、困ればいい。

(亞夜の日頃の恨みだよ。)

そのときの考えは甘かったのだと、後々になって亞夜は思い知らされた。





―――――――――――





「ただいまー。」

パパが帰ってきた。
ママは予定通りに買い物に行っているので、亞夜と彌夜しか家にはいない。
それをパパに告げると、パパは優しく微笑んで『じゃあママが帰ってくるまで一緒にテレビでも見ようか。』と言って、亞夜と彌夜の真ん中に座ってテレビをつけた。
それだけで亞夜は幸せな気持ちになった。
彌夜は邪魔だけど亞夜より弱いから最初から眼中になどない。
だって今だってうとうとしながらパパの膝で寝こけているもの。
パパはそんな彌夜を愛しそうに撫でる。

(亞夜の特等席なのに!彌夜のバカ!)

そんな感じで一時間二時間三時間と時間は過ぎ、いよいよパパは何かに気づき始める。

「帝人君、遅いな…。」

「え?」

「もうすぐ7時半だし、買い物にしては遅過ぎる。携帯も繋がらないし。
亞夜、帝人君買い物の後何処かに行くって言ってた?」

「ううん。亞夜は、買い物に行くとしか聞いてないよ。」

(本当は知ってる。今頃ママは何処ぞの知らない誰かに襲われている頃だと思うけど。だって、そうなるように亞夜が仕向けたんだもん。)

これで今日一日パパを独占できるんだから。

「でも、連絡を寄越さないでこんなに遅くなるなんて……、帝人君に限ってありえない。何かあったのかな…。」

パパの表情が不安げに歪むのを見て、亞夜の心まできゅうっと痛くなる。

(パパがこんな表情するなんて…。あの臨也パパが…、)

「帝人君に何かあったんだ。誰かに襲われたとか?あー!こうなるなら早めに仕事終わらせて一緒に買い物行けばよかった!…そうだ、新羅に電話、」

あたふたと取り乱しながら携帯を取り出して、パパは何処かに電話を掛けている。

(岸谷先生かな…)

「あ、あ!新羅?ちょっとそこに帝人君来てない?」

『いや、今日は来てないけど、どうし、』

「運び屋は?シズちゃんは?ドタチンは?まさか紀田君?」

『ちょっと落ち着きなよ。何かあったのかい?』

「帝人君が帰って来ないんだ。買い物に行ったっきりもう何時間も。携帯も繋がらない。もう夜中だってのに…。俺、どうしよう。帝人君がいなくなったら、俺は、」

『だから落ち着きなって。それにまだ七時半だよ?夜中ではないんだから、きっと誰かと話し込んでて遅くなってるんだよ。』

「だって、いっつも連絡くるよ。誰かと会うときは必ず俺に言えって、言ってるのに…、帝人君に限ってそんな…っ、新羅、俺、どうすれば…」

『ちょっと冷静になりなって。今セルティと静雄には連絡入れて探して貰うからさ。……本当に君って帝人君のことになると人が変わるよね。』

「俺も探しに行く!」

『探しに行くって言ったって子供たちはどうするの?僕は無理だからね。彌夜君はともかく亞夜ちゃんは苦手だよ。』

「子供たちはドタチンに頼むよ。とにかく、帝人君を探さないと…、」

『まぁ、そうしないと臨也の気が収まらないっていうなら、子供たちは門田君に任せるのが適任だね。本当、君って父親失格だな。』

「仕方ないよ。俺は帝人君には、頭が上がらないくらい世話になってるし、愛しているんだから。」

『そうだったね。野暮なこと言ったよ。じゃあ、せめて門田君が来るまでは部屋で大人しく帝人君の行動履歴でも探してみれば?情報は君の得意分野だろう?』

「そうするよ。じゃあ、見つかったら教えて。」

『いいけど、ちゃんと静雄にもお礼言うんだよ?』

「冗談。誰がシズちゃんなんかに。」

『はぁ。まぁ、とりあえず連絡してみるよ。』

「うん、お願い。」

そう言ってパパは電話を切って仕事用につかっている隣室へと向かおうとする。

(一応証拠は消したつもりだけど。)

勘の良すぎるパパなら気づいてしまうかもしれない。
その瞬間、再びパパの携帯が鳴る。
苛々した様子のパパは舌打ちをしながらその電話に出る。

「もしもし」

『臨也さんっすか?紀田ですけど。』

「何?今君に構ってる隙なんかないんだけど、」

『はぁー…。そう言うと思いましたよ。いいんすか?そんなこと言って。』

「だから何。」

『帝人、保護しましたけど。』

「へ?……まさか君、」

『言っときますけど、買い物帰りに街で怪しい集団に襲われた帝人をたまたま見かけたから助けて保護しただけっすからね。俺がアンタから帝人を奪い返そうとした、とかそんなんじゃないっすよ。』

「襲われた!?襲われたってどんな奴らに?っていうか帝人君は無事なの?」

『ええ、帝人が殴られる前に俺がそいつら全員虫の息にしましたから。
帝人を襲った奴ら、多分最近できた小規模なカラーギャング気取りの組織の奴らだと思うんすけど、』

「わかった。ありがとう。悪いんだけど、帝人君を無事にマンションまで送り届けてもらえる?」

『それはいいっすけど、臨也さん迎えに来ないんですか?』

「行きたいのは山々だけど、生憎俺にはやらなきゃいけないことが出来たからね。ナイトの役目は残念ながら君にお願いするよ。」

『残念ながらって…』

「あと、新羅達にも帝人君の無事を連絡しといて。それじゃ。」

『ちょ、臨也さん!』

ブツッと強制的に通話を終了させると、パパは黒色のコートを羽織って玄関に向かう。

「パパ!何処行くのっ?」

それに慌てて駆け寄ると、パパは振り返って亞夜にこう言った。

「今から紀田君が来るから、それまで大人しくしてるんだよ?」

「でも、パパは?」

「パパはちょっと野暮用があってね、今からどうしても出掛けなきゃならないんだ。
危ない害虫は即刻駆除するに限るだろう?」

笑ったパパの顔はいつもよりも冷たくて怖かった。
凍てつくような鋭い血の色よりも赤い眼に、亞夜は思わず目を逸らしてしまう。

「………っ、」

靴を履いて玄関の扉を開けて行ってきます、と言ったパパに言葉を返そうとしたら、いきなりくるりとパパは振り返って、亞夜の目の前に屈んだ。
覗き込まれた赤い瞳から、目が離せない。

「亞夜。」

「な、何…?」

「これ、亞夜がやったでしょ?」

「!?」

「何で知ってるのって顔してるけど、その説明は後でゆっくりしてあげるよ。とりあえず今は大人しく紀田君が来るまで彌夜と待っていなさい。何もせずに、大人しく、ね。」

「…………、」

「帰ったらちゃんとママに謝るんだよ?じゃあ、行ってくるね。」

バタンと閉められたドアの音にやっと緊張感が解かれて、思わずその場に座り込む。

「……パパ、笑ってなかった。」

(あんなに怖いパパ、初めて。)

そのときになって改めて、パパの一番は自分じゃないのだと悟った。
ピンポーンという音がしたのでドアフォンに出ると『紀田正臣ですけどー、お前らの母ちゃん届けに来たぞー』と間延びした声が聞こえてきた。
それに何ともいえない気持ちでドアを開けると、ママの親友である紀田正臣がママを背負って立っていた。
彼は、亞夜を見てニッと微笑んでから『ありがとよ。』と言って遠慮なく室内に入ってきた。
亞夜は何故かその笑顔がとても怖かった。

(パパのときと、同じ…。)

紀田正臣は、ママをソファーに寝かせると、買い物袋に入っていたものを手早く冷蔵庫に入れ始める。

「なんとか食べ物は死守したつもりだけど、卵が2個くらい割れてんだよなー。」

「……………。」

「帝人の奴、変な薬嗅がされたみたいだから暫くは目覚めねーよ。まぁ、殴られなかっただけマシか。もし殴られてたら、俺が臨也さんに切り刻まれそうだ…。あの人、帝人のことになるとマジだから怖ぇんだよなー。
つーか、起きてんのお前だけ?彌夜は寝たのか?」

「………そこで寝てる。」

「本当だ。相変わらず呑気な奴だなー。そーゆーとこは、帝人に似たんだろうな、きっと。やっべ、こんなこと言ったら帝人に殺されるわ。」

「……パパは、まだ帰ってこないよ。」

「パパ?あー、臨也さんね。臨也さんはあと一、二時間は帰ってこねーだろ。何か、組織ごと潰す気みてぇだったし。」

あー怖い怖い、と呟く紀田正臣を見て、亞夜は思わず震え上がった。

(亞夜の、せいだ…)

何も言わずに震えてる亞夜を、紀田正臣はじーっと見下ろす。
「……お前、まだ帝人のこと嫌いなのか?」

「え…?」

「いや、今回の奴らがさ、妙に“300万が!”とか“この女は俺たちを潰す気だ!”とか言ってたからさー。潰すとかそんなんは帝人に限って有り得ねーし、もしかしたら帝人を嫌ってる誰かがその組織のホームページか掲示板とかに帝人の写真を貼って賞金を賭けたんじゃねーかなーとか思ってさー。“組織を狙っている女がいるから潰せ。賞金は300万!”とかさ。
そんで、帝人を嫌ってんのって今のところ亞夜しか思いつかねぇし、帝人が臨也さんのだってわかってて手ぇ出す輩も早々いねぇし。
どうだ?お兄さんの推理当たってるだろ?」

「…………っ、」

何も言えなかった。
彼の言ってることは正しかったし、当たっていた。
見抜かれていたんだ、最初から。
パパにも、紀田正臣にも。

「まぁ、これは言うべきじゃねぇんだろうけど、帝人の奴さ、襲われてるとき、一切抵抗してなかったんだよな。これからされることを全部受け入れます的な顔してたんだよ。だから尚更俺が助けなきゃヤバいって思ったんだ。でも、実際俺があそこ通らなかったら、帝人は確実に殺されるなり、拷問されるなりしてたぜ?」「っ!?」

「しかも、アイツ助けを求めようと思えば求められたのに、敢えてしなかったんだ。わざわざあんな人目に付かない路地裏を通ってたのも、奴らに襲わせる機会を作ってやってたようにしか見えなかった。自分からわざわざ罠にハマりに行ったようなものだよな。よっぽど大切な何かがバックにいることに気付いてたんだろうよ。」

そう思わねー?と笑いかけられて、亞夜は言葉に詰まった。
目の前が滲んで見えない。
そのとき初めて、自分は泣いているんだと気づいた。
そんな亞夜に紀田正臣は苦笑して、ポンポンと優しく頭を撫でる。

「ママが起きたらちゃんと謝れよ?」

「ぅ、ん…うん!」

「お前もそうしてるとガキらしい面出来んじゃねーか。」

「……紀田正臣、」

「ん?…ってか、なんでフルネーム!?」

「……ありがと。」

「!……いや、いいって。
つーか、腹減っただろ?お兄さんが何か作ってやるよ!」

「……手伝う。」

「…………、」

「?何?」

「お前、アレだな。ツンデレなところは帝人に似たんだな。」

「意味わかんない。」

笑う紀田正臣につられて亞夜まで笑ってしまう。
パパが帰ってくる束の間だけ、このちょっとだけ楽しい時間を味わおう。

(ママが起きたら、謝らなきゃ。)




――――――――――――




彌夜と亞夜と紀田正臣でご飯を食べてから二時間が経った。
現在、深夜11時。
強い薬だったのかママは未だに目覚めないし、パパも帰ってこない。
紀田正臣は苦笑しながら“臨也さん、遅いな。”と言ってきた。
亞夜は途端に不安になる。
パパには無事で帰ってきて欲しいけど、ママのことへの後ろめたさがあるから帰ってきて欲しくないという気持ちもある。

(ママのことになるとパパは怖い。)

前に一度だけママに攻撃してしまったときがある。
いつもよく回る口ではなく手が出てしまった。
近くにあった鋏でママを切りつけてしまった。
原因はとても些細なこと(亞夜が悪戯してママに叱られただけ)だったのに、ママに怪我をさせてしまった。
思ったよりも深く切れてしまったみたいで、ママの手首から溢れる血を見て、亞夜は驚いてしまった。
ママはそんな亞夜に微笑んで“大丈夫だから”と頭を撫でてくれた。
亞夜が気にしないように、平気なフリをしてくれた。
でも、亞夜はそれが何だかくすぐったくて気に入らなくて益々腹を立ててママに切りつけようとしたときにパパがやってきた。
隣の事務所で仕事をしてるはずの、パパが。
何で気がついたんだろうと思ってパパを見上げると、パパの腕には泣きながら亞夜を指差す彌夜がいた。
そのときに、彌夜がパパにつげ口したんだということに気がついて、彌夜に暴言を吐いた。
彌夜は益々泣き出してパパに縋りつく。
兄のくせに泣き虫で甘えん坊な彌夜が、そのときは許せなかった。
いつもは、自分のワガママに付き合ってくれる優しい兄で、しかも自分のことを一番理解してくれる人だと思っていたのに。
何となく、裏切られた気分だった。
それで尚更カッとなって、手首の怪我をパパに見せないように隠しているママの腕を引っ張って、その腕に向かって再び鋏を振り下ろそうとした。

そのとき――――

ドスンッという音がして振り返ると、床でさっきまでパパに抱かれていた彌夜が転んで泣いているのが見えた。それに気を取られていた次の瞬間には、世界が突然反転して背中に強い痛みと衝撃を感じた。
それと同時に首筋に冷たい感触がして、恐る恐る目を開けると、目の前にはパパの冷たい瞳。
臨也さんっ!と慌てたように駆け寄るママの声が、随分遠くに聞こえた。
それよりも、何よりも、亞夜を見下ろすパパの顔があまりにも冷たすぎて、亞夜は何も言えなくなった。
いつもの優しいパパじゃない。
“ヒトゴロシ”の目をしていた。
怖い、と素直にそう思った。
パパはそんな亞夜を見下ろしながら、首筋にナイフを突き立てて凍りつくほどの殺気を亞夜に向ける。

『帝人君に手を出したってことは、死ぬ覚悟は出来てるんだよね、亞夜?』

チクリとした痛みを首筋に感じた後に、ツーッと生暖かい血液が首から流れて床に落ちる。
亞夜は怖くて何も言えなくなった。
カランッと握っていた鋏が床に落ちる。
あまりの恐怖からか、彌夜もいつの間にか泣き止んでいて黙って此方を見ていた。
そして、パパがナイフを振り上げるのがスローモーションで見えたそのとき、亞夜は初めて“殺される”という危機感を覚えた。
そうしてナイフの切っ先から目を離せないでいると、不意にそのナイフの軌道が止まった。
不思議に思って意識をナイフから逸らすと、そこにはパパの腕に必死にしがみついて泣いているママの姿があった。
パパはそれをみて目を見開くと、慌ててママを抱き締めて慰めたり謝ったりしている。
それを呆然と見ていたら、彌夜が駆け寄ってきて『亞夜!大丈夫!?』と泣きながら抱きついてきた。
それに何も答えないでいると、不意にママがやってきて彌夜と亞夜の怪我の様子を見てきた。

『一応新羅さんに診て貰いましょう。』

『……帝人君、本当にごめん。』

『悪かったと思ってるなら子供たちにも謝ってください。亞夜を切りつけた上に、彌夜を振り落とすだなんて……信じられません!父親失格ですよ!』

『だからごめんってば。帝人君のことになると俺頭に血が上って周りが見えなくなるんだよね。』

『それじゃあ静雄さんのこと馬鹿に出来ませんよ。』

『シズちゃんと一緒にしないでよ!』

『だったら、もうこんなこと二度としないで下さい!僕は、大丈夫ですから。
――――子供たちを、傷つけないで……っ』

『み、帝人君…っ、ごめん。本当、ごめん!だから、もう泣かないで?俺、もう二度としないって誓うし、子供たちにもちゃんと謝るからさ。』

『……臨也さんの、馬鹿っ。もう、本当信じられない…っ。子供たちに怪我させるなんて、』

『ごめん。本当ごめんなさい。俺が悪かったよ。』

しゃくりあげるママを抱き締めながらパパは宥める。
それを横から見ながら、亞夜の中でさらに嫉妬心が大きくなったのを覚えている。


そのあと岸谷先生にいろいろ聞いたら、先生は、

『それは“依存”だね。』

『いぞん、ってなぁに?』

『その人がいなきゃ生きていけないってことだよ。』

『ふーん。』

『亞夜ちゃんにとっての臨也がそうであるように、臨也にとっての帝人君もそうなんだよ。』

『ママがいなきゃパパは生きていけないってこと?』

『そうだね、そういうこと。だから、あまりママを困らせちゃ駄目だよ?』

そう言って笑った岸谷先生の言葉を今になって思い出した。
やっと、理解できた。
パパにとってママはいなきゃ生きていけない自分の命よりも大事な存在であるのだと。
だから、最初から亞夜の付け入る隙などなかったのだと。

(そういう、ことか。)

だから、彌夜もあのとき『亞夜は本当のパパの性格を知らないんだよ。』と言ったんだ。
彌夜はわかっていたんだ。
パパは彌夜と亞夜よりもママの方が大事なんだってことを。
ママだけが、パパの特別なんだって、気付いていたんだ。
ママもそんなパパの性格を理解しているから、パパ以上に彌夜と亞夜を愛してくれるんだ。
亞夜がママを傷つけても受け入れてくれるんだ。
パパから守ってくれいたんだ。
それに今やっと気付くことができた。
ママの優しさと、亞夜に向けられる確かな愛情。
零れる涙は全然止まらなくて、思わずソファーで眠っているママに抱きついて、大声をあげて泣き出す。
それを見ていた紀田正臣は、優しく亞夜の頭を撫でてくれる。

「亞夜、亞夜はさ、亞夜が思ってる以上にママに愛されてんだぜ?
ママは最初っからお前のことを全部わかってて、受け入れてるんだ。」

「ママ……っ、ママ!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「ちゃんと謝れんじゃん。偉いぞー、亞夜!
つーことで、そろそろ目覚めてもいいんじゃねーの?帝人?」

「ふぇ?」

亞夜が間の抜けた返事をすると、さっきまで寝ていた筈のママの瞳がゆっくりと開かれる。

「いつから気付いてたの、正臣?」

「お前を此処までおぶってきたときからかな。お前此処来る途中で一回目ぇ覚ましただろ?」

「最初っから知ってたんじゃん。気付かないフリするとか最低だよ。」

「娘に謝らせる為に寝たフリするママよりは最低じゃないですー。」

「だって、亞夜が謝るなんて、そんな貴重なことないじゃない!僕、嬉し過ぎて泣きそうだよ!」

そのやり取りを不思議そうに眺めているとママはハッと気がついて、苦笑しながら亞夜の頭を撫でて涙を拭いてくれた。

「ごめんね、亞夜。騙すような真似しちゃって…。嫌な気分になったでしょう?」

「ううん。元々亞夜が悪いんだもん。ママ、ごめんなさい!」

「もういいんだよ。ママは無事だったし、正臣が助けてくれたから。」

「でも、もし紀田正臣がいなかったら…」

「大丈夫だよ、ママは意に強いんだから。それに、亞夜からその言葉聞けただけでも嬉しいから。ママは亞夜を許すし、最初から怒ってないよ。」

「ママぁ…っ!!うあぁぁあんっ!」

「よしよし。亞夜もまだまだ甘えん坊さんだね。でも、これからはもっともっと僕に甘えてもいいんだよ?もっと頼ってもいいんだからね?
僕は彌夜も亞夜も大好きなんだから。」

「うん!うんっ!ママ、亞夜もママが大好きだよっ!」

泣きじゃくる亞夜を抱きしめながら、ママは亞夜の背中をあやすように撫でる。

「くっそー!いい母親になりやがって!帝人ぉっ!俺もお前が大好きだぞ!」

「ハハハ、正臣。寝言は寝て言え。」

「くぅっ!相変わらずの毒舌だぜ!」

「でも、今回は本当に世話になったよ。……臨也さんのことも、ごめんね。正臣悪くないのに、嫌な思いしちゃったでしょう?」

「いや、いいよ。気にすんなって!あの人のアレはもう慣れてっからさ。」

「本当いつもありがとね。
一応臨也さんが暴走し過ぎないように静雄さんにこっそりメールでお願いしてみたけど、大丈夫かな?」

「かれこれもう三時間以上経つしな…。組織は潰したけど、臨也さんに手こずってるって感じか。」

「やっぱりね。とりあえず子供たちを寝かせたら、僕から臨也さんに連絡入れるから、正臣は今日はもう帰ってもいいよ。こんなに遅くまでごめんね。今度何か奢るから。」

「奢るよりも弁当作って職場まで持ってきてくれよ。そしたら職場の奴らに、これ俺の妻からの愛妻弁当です!とか言えるからよ!」

「えー、それ最悪じゃん。まぁ、弁当でいいっていうなら、正臣の好きなおかず入れて持ってくよ。さすがに妻役はやらないけどね。僕には臨也さんがいるから。」

「ちぇー。人妻になった途端これだもんなー!」

「正臣、うるさいよ。亞夜と彌夜が起きちゃうでしょ。」

亞夜が泣き疲れてうとうとしている横でそんなやり取りが繰り広げられていた。

「さ、正臣。子供たちを寝室に運ぶの手伝って。」

「へいへい。」

亞夜はママに抱かれながら連れて行かれたのだろう。
擦り寄せた胸から微かにママの香りがしたのを覚えているから。
次に目が覚めるときはきっとパパもいて、亞夜はパパに怒られるだろうけど。
それでも、今このときだけは目一杯ママに甘えてやろうと思った。
ママの細い背中に回した腕に力を込めると、ママも優しく抱き返して、背中をポンポンと撫でてくれた。

「おやすみ、亞夜。彌夜。」

優しく心地よく響いたママの声に、亞夜はついに意識を眠りの淵に手放した。





―――深夜2時―――



「ただいま…」

「臨也さん、遅すぎますよ。しかもそんなにボロボロになって…」

「これは違うよ。シズちゃんにやられたんだよ。」

「だって僕が静雄さんに頼んだんですもん。臨也さんの暴走を止めてって。
いいクールダウンになったでしょう?」

「いい運動にはなったかな。
それより、本当に怪我なかったの?組織は一応潰したし、サイトも君の情報も消したけど、まだ安心はできないよ?」

「怪我はありませんし、組織が壊滅したならそれで充分でしょう?他に何の不満が?」

「亞夜だよ、亞夜。また君に何かするかもしれないだろ?今回は特に最悪なパターンだ。ちゃんとお仕置きしないと駄目だよ。」

「亞夜はちゃんと反省して僕に謝ってきたので、もう充分です。変なこと考えないでください。」

「でも、亞夜は君を…」

「言っておきますけど、子供たちに手を出したら離婚ですからね。」

「り、離婚っ!?ちょ、ちょっと待ってよ!」

「何ですか?何か文句があるんですか?勿論離婚したら子供たちは僕が引き取りますからね。貴方のような父親失格な人間に子供たちを任せておけない。……そうですね、静雄さんのところにでも居候させて貰いましょうかね。」

「何でそうなるの!?シズちゃんのとことか一番最悪じゃん!
帝人君、本当ごめんって!亞夜には何にもしないからさ!
俺、君がいないと生きていけないんだよ!精神的にも、肉体的にも!」

「何ですか、肉体的にもって。」

「ああ、君以外の人間には勃たな、」

「あー!!聞いて損しました!聞かなきゃ良かった!!ってかそんなの貴方の勝手でしょう?僕には何の関係もないですよ!」

「ありまくりだよ!人間の三代欲求である性欲が満たされていないじゃないか!」

「食欲と睡眠よりも性欲が大事だなんて聞いたことありませんよ!」

「それは仕方ないよ。俺、帝人君相手に我慢なんて出来ないもん。いろいろと。」

「その“いろいろ”が恐ろしいんですよ、貴方は!」

「まぁ、とにかく、君が無事だっただけでも今回は良しとしよう。」

「………死人は出してませんよね?」

「どうだろうね。まぁ、生きていたにしても、五体満足ではいれないような致命傷を負わせているから、すぐ死んじゃうかもね。」

「………やりすぎですよ。」

「だって、君に手を出したんだよ?その時点で最早万死だよ。」

「貴方って人は……」

「…呆れたかい?」

「いいえ、もう慣れました。呆れるのも馬鹿馬鹿しい。」

「そっか。」

「そんなに落ち込まないで下さいよ。何にせよ、そんな貴方を選んだのは紛れもない僕自身なんですから。」

「!
……やっぱり、君には頭が上がらないや。」

「そうですか。それは嬉しい限りです。」

「愛してるよ、帝人君。」

「それもわかってますよ、臨也さん。」

「返事は?」

「………僕も、です。」



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