気がつくとベッドの上だった。手厚く巻かれた包帯と消毒液の臭いが鼻につく。臨也は動かない体を無理に起き上がらせ、部屋を見渡した。
(新羅の家じゃなさそうだ…。感じたところ"敵"のアジトでもないし……)
懐のナイフは取られたのか、見渡す限り無かった。怪我をしている上武器も無い、体術も使えない。
(ちっ、ミスったなぁ)
臨也は自身の失態に後悔する。情報屋として一番の鉄則である"情報を得た後の対処法"を間違えた。繰り返すことに頭が一瞬狂ったのか、気がつくと敵の罠の中。致命傷には至らないが怪我を負い、今に至るわけである。
情報目的ならば生かし、吐かせた後に処分する。おそらく敵はそうするだろう。少なくとも臨也ならそうする。
(面倒臭くなったなぁ)
臨也はベッドに寝転び、天井を見つめる。カツッ、靴音に臨也の意識が集中する。靴音の主はこの部屋に向かって来ている、そう臨也は直感した。今までの経験からして確実に。靴音は予想通り部屋の前で止まり、ノブが回される。
「お前は………」
扉の向こうから姿を見せた人物は、意外にも臨也のよく知る人物だった。
話は臨也が怪我をした直後に戻る。彼はたまたま仕事が終わってぶらついていた。何処に行くかは決めておらず、ただ足の赴くままに任せていた。そしてふと立ち止まる。横には路地があり、そこから口論が聞こえてきた。男女の諍いはよくあることだが、それとは違う。追えだの仕留めろだの物騒な台詞が断片的に聞こえ、彼は路地に入った。
バタバタと走り回る足音、これでは相手に逃げられるだろうと思いながら、彼は歩を進める。そして違和感に気づいた。ゴミの配置の不自然、人為的に動かされた跡。彼は思い切ってゴミをどけると、血を流して意識を飛ばしかけている臨也がいた。
「警戒したのが馬鹿みたいだ」
「俺はお前がそんな深手を負うなんて思わなかった」
彼……京平は作ったお粥を臨也に渡す。抵抗する気は無いのか、臨也は素直にお粥を受け取り口に運んだ。
「ドタチンって案外料理上手い?」
「あくまで嗜む程度…な」
「ふーん」
京平の作ったお粥は薄い味付けだったが、不味いには程遠い。病人用の病食のようだった。
「この手当て……ドタチン?」
「いや、新羅に来てもらった。アイツ驚いてたぞ、臨也も人間なんだねって」
「俺を何だと思ってんだか。まぁお礼をしないとね、ドタチンにも。何がいい、情報?」
「んなこと後でいいから早く治せ。俺の家だが長居させる気はない。狩沢達に知られても面倒だからな」
「はいはい。あっシズちゃんにも言うなよ」
「俺の家をアイツに破壊させるくらいなら言わないさ。後でバレるのなら構わないが」
「シズちゃん絶対殺しに来るね。あーでも本気じゃないけどいいのかな」
「どうでもいい。早く治して早く帰れ」
京平はお粥を片付けると、部屋を出る。最後に「帰る時は声をかけろよ。」と言い残し。
(なんか緊張感が抜けちゃったなー。ドタチン家だから奇襲とかは無いだろうし。携帯使えないから仕事出来ないし。退屈だなー。いっそシズちゃんでも呼ぼうかな)
臨也は体に支障が出ない程度に動き回る。すると扉をノックする音がした。京平ならばまずノックなどしない、する必要もないだろう。そして敵とも考えにくい。
「新羅か……?」
「御明答♪さすが臨也、気配とかで分かるの?」
「いざ新羅とだと疲れる」
新羅は大きめの鞄を持ち、部屋に入ってきた。
「さっき手当てしたけど、どう?まだ痛むなら痛み止め出そうか?」
「やけに優しいけど……何か目的でもあるわけ?」
「いやーお得意様には親切にしておくに限るからね」
「そういうことかよ」
臨也は両手を顔の横で振る。問題なしと受け取ったのか、新羅は出しかけていた道具を戻す。
「あっ、そうだ」
思い出したかのように、新羅は言った。「静雄に言っちゃった」
「………は?」
「いやさ、なんか静雄にも言っておこうかと思って」
「新羅………俺に怨みでもあるの?」
「常日頃から」
新羅は笑顔を残して、部屋を後にする。壁越しに「ドタチンには悪いことしたかな」と悪気の無い声を聞きながら、臨也はもうすぐ惨劇の舞台になることを想像し、京平が頭をかかえて怒るであろう未来を秒読みしていた。