「はァ……」

本日何回目かの溜め息が百合子から漏れる。今日の百合子はやたら溜め息が多く、周りの人間はとても心配していた。

「鈴科、その……大丈夫か?何か悩みがあるなら相談乗るぜ」

「別に気にしなくていいから、気持ちだけ貰っとく」

フラグ建築士を見事に折った百合子。普段から拒絶耐性があまり無い当麻は軽く凹んだ。いつもと別段言い方は変わらないのだがショックが大きいのは何故だろう。

「ちょっと百合子、アンタいい加減にしなさいよ。みんなが迷惑してるじゃない」

百合子の態度に苛立ったのか、美琴が百合子を責める。当麻が蔑ろにされたことを怒っているのだろうが、周りが迷惑しているのも事実。いや、迷惑というよりも困惑だ。普段から人には自分の裏を見せない百合子が、いつもと違うから周りがどうしても心配してしまう。

「別にオマエに言われる筋合い無ェよ。ゴチャゴチャ言ってる暇があンなら勉強でもしたらどォだ」

ヤバい、軽くキレている。周りが一斉にそう思った。彼女を取り巻く環境が変わってから毒舌は封印されていたのだが、それすら取り払う程機嫌が悪いらしい。特に美琴や妹達、打ち止めや番外個体にはそれなりに接していた。美琴相手にここまで毒舌な百合子は久しぶりである。

「ったく、いちいち詮索するな。オマエらには関係無ェ」

「関係あります、とミサカは貴女が不機嫌な理由を問い詰めます」

隣のクラスから来た妹達の一人がひょこっと顔を覗かせた。無表情な顔には若干むっとした感情が浮かんでおり、その顔を見て百合子は視線を反らした。

「あら、珍しいじゃない」

「鈴科百合子絶賛不機嫌中と聞きましたので遊びに来ました、とミサカは早る気持ちを抑えつつ淡々と語ります。聞けば今日の朝上位個体と喧嘩したようですね、とミサカはネットワーク上に流出した映像を脳内再生してみます」

「あのクソガキ……」

百合子の不機嫌の理由が打ち止めだと分かると、遠巻きにしていた男子共が群がり始めた。不機嫌の理由が自分だったら、と今まで近づけなかったのだ。あれこれと理由を詮索していく彼らにだんだんと苛立ってきたのか、百合子は机を強く叩き立ち上がった。

「次に言葉を発した奴から覚悟しとけよ」

百合子の本気の声に一同は凍りつく。周りとは違う赤い目が睨む様は、まるでハンターが獲物を睨む様と同じ。狙われた獲物達は各自の席へ戻っていった。

「相変わらず不器用ですね、とミサカは第一位の癖にと笑ってしまいます。あはっ」

「………オマエいくら妹達だからって勇気あるよな」

「ミサカは優秀ですから、とミサカは他の検体とは違うことをアピールします」

「………ガキはどォしてる?」

「泣き疲れてただいま睡眠中です、とミサカはあなたに協力的な姿勢を見せます」

泣き疲れてという単語に少し眉をひそめ、百合子はまた溜め息をついた。一見周りからすれば簡単そうな問題なのだが、先程の百合子の態度から中々意見が言えない。いや、百合子の中ではすべき答えが出ているのかもしれない。ただ彼女にとってそれが出来ないだけで。

「余計なことかもしれませんが案外簡単だと思いますよ、とミサカは意見を述べます」

「生憎俺はそンな簡単が出来ねェンだよ。泣いたガキの対処なンざした事も無いしな。もちろん伝えるべき事くらいは分かってるつもりだがな。だがどうやって気持ちを伝えられるかさえ、第一位の脳でも結果を弾き出せねェ」

「なるほど………見事なデレごちそうさまでした、とミサカはまんまと罠に掛かった百合子に嘲笑を送ります」

「………罠だァ?」

ミサカ妹はにやりと笑いゴーグルを弄る。ゴーグルに反射した光がやけに輝いている。

「ちなみに打ち止めが寝ているという情報はガセです。百合子に是非デレて欲しかったので。そして今の映像及び音声はミサカネットワークにて配信されてます、とミサカは全ての種明かしをしてみt……痛い痛いミサカに乱暴しないで下さい」

「今なら好きなの選ばせてやる。一、ベクトル操作で記憶を全部消す。二、以下全部一と同じだ」

「選ぶ余地無しというより質問がおかしいですね、とミサカは矛盾を指摘してみます」

「そォかよ、でも今の俺には訂正する気は全く無ェ」

「第一ミサカの記憶を消してもネットワークからは消えません、とミサカはこの情報が消えることは永遠に無いことを主張します」

「ッたく、相変わらず面倒臭ェシステムだな」

諦めたのかミサカ妹の襟から手を離し、ミサカ妹の体は地にすとんと落ちた。すると振動する携帯、百合子の物である。画面を開くと、そこには最愛の彼女の名前。

鈴科百合子の憂鬱は、どうやら晴れたようだ。

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