「とうま、注射ってなに?」
何気ないインデックスの質問。どうやらインデックスには注射の経験が無いらしい。学園都市では定期的に検診の名目で注射が義務付けられているが、インデックスには全くもって関係無い。学園都市内の子供でそんなことがあって良いのかは定かではないが。
「んー、注射っていうのはなぁ……」
「あれは恐ろしいもンだよ」
意外にもインデックスの質問に応えたのは一方通行だった。今まで打ち止めがインデックスと遊んでいた為、一方通行も保護者代わりで来ていたのだ。ちなみに打ち止めははしゃぎ過ぎたのかただいま睡眠中である。よって暇を持て余しているインデックスと何だか気持ちが読めない一方通行、そして翻弄されるがままの上条当麻のみが此処に居る。
「恐ろしい?私の辞書には体の健康を保つ為だと記載されてるんだけどな」
「おいシスター、お前注射ってどうやるのか知ってンのか?」
「それは知らないかも。私の中にあるのは効能だけだから」
あの博識インデックスでも知らないことがある、と当麻は少し驚いた。何たって優秀の代名詞は(当麻の中で)インデックスと一方通行なのだ。どちらも知識のベクトルが全く違うが注射なんて知っていて当たり前だと思っていた。
「いいか、注射っていうのはなァ、針を皮膚の中にぶっ刺すンだよ」
「は、針を体内に!?それは拷問なのかな!!」
「しかも針の先から得体の知れない液体を流し込むンだぜ。ジクジクと皮膚が痛むのと同時に液体が体内を巡って行くンだ」
「とうまぁぁぁ!!とうまはそんな酷いことをされてきたのかな!?」
一方通行の言い方は間違ってはいない。確かに注射は針を皮膚に刺す。………しかし何故だろう。一方通行の言葉で想像する注射は酷く痛く感じる。
「インデックスさん?確かに一方通行の言い方はまぁ正しいですよ?でも学園都市の技術で注射の痛みなんて皆無……に…」
そうだ、学園都市程の技術があれば注射の痛みなど大して無い。腕に蚊が止まった程度だ。だから小さな子供達も注射が痛いものだと認識していない。
(一方通行って、確か能力失う前は病気とか無かったんだよな……)
彼ならばきっと体内ウイルスなどをベクトル操作云々で無くすことは可能そうだ。いや出来ると思う。それほどまでに彼の能力は応用性がある。
(ってことは、能力失った後に注射を受けたことがあるのか)
仮に能力があった時点で注射を受けているとしても、きっと痛感をまた何やかんやで操作して無力化させているに違いない。
(当時の一方通行に痛みという感覚が無かったのだから)
つまりは………
「一方通行、もしかしてアレでも痛かったのか?」
言ってすぐに気づいたがもう遅い。一方通行から湧き出るオーラは尋常ではなく、今にも人を殺せそうだ。
「ちょ…待とう一方通行。別に俺は、たかがあの程度で痛かったのかって言いたかっただけで……」
「とうま、フォローになってないよ。むしろ悪化してるよ」
「そうだなァ、アレで痛いと感じた俺はモヤシだってオマエは言いたいンだよな」
「一方通行さん、どうしてチョーカーに手が伸びるんでせうか?」
「簡単だよ上条当麻、オマエを殺す為に決まってンだろクソ野郎!!」
「うぁ〜、とうま逃げた方がいいかも」
「言われなくてもそうしま…したかったです」
一方通行のチョーカーがオンの状態で襟首を掴まれる。この時点で既に当麻に勝機は無く、当麻は全てを諦めた目をして力を抜いた。
「遺言はあるか、ヒーロー」
「………、お肉をお腹いっぱい食べたかったです」
「そうか、残念だったな」
最後に聞こえた声は心配そうなインデックスの声。とりあえずしばらくは起きれないと、当麻は諦めて一方通行に身を任せた。
「ん……あれ、どうしたのかな上条」
ふと見ると起きたばかりなのか、目を摩る打ち止め。まだ意識が完全に覚醒した訳ではないらしく、ぼーっとしている。
「あれあれ?二人は喧嘩中なのかな?ってミサカはミサカは眠ってる間の事情を尋ねてみたり」
「チッ、別に何でもねェよ」
カチリとチョーカーのスイッチを通常モードに戻した一方通行は襟首を掴んでいた手を離した。先程までの殺気のようなオーラは消え失せており、寝起きの打ち止めの面倒を見ている。
(打ち止め、ありがとう。君のおかげで危機は免れた)
何も知らない打ち止めに手を合わせ、一人祈りを捧げた上条当麻だった。