鈴科百合子は女である、生物学上は。しかし彼女は鈴科百合子としてではなく実験体として見られていた。そこに鈴科百合子の人格は考慮されない。彼女は周りの人間からモルモットの扱いを受け、彼女もまたそれが普通だと思っていた。

だから慣れない。上条当麻に優しくされる日々に。土御門元春に先輩面され甘やかされる日々に。浜面仕上と街中を巡り歩く日々に。垣根帝督と空中散歩する日々に。これは幻想だ。彼女が辛い過去から逃げるために見ている夢なのだ。起きたらまたあの日々に戻っているのだ。そう毎日思いながら鈴科百合子は朝を迎える。また今日も夢の続き、もう少しでこの世界は泡のように消えてしまうのだ。そう彼女は思い続けている。

だから鈴科百合子は不安になった。ある日垣根帝督は頬にガーゼを貼って登校してきた。ある日土御門元春は足に包帯を巻いて登校してきた。ある日浜面仕上は腕に包帯を巻いて登校してきた。ある日上条当麻は頭に包帯を巻いて登校してきた。鈴科百合子の頭の中は警報、赤信号で満たされていった。

「ごめンなさい」

一言呟いて鈴科百合子は家を出た。彼女の変化を案じて声を掛ける者など彼女の周りには彼らしかいない。だからこそ失う訳にはいかなかった。

(チョーカーの充電はきちンとしてきた。杖の調整もしたし問題は無い筈だ)

一つ一つ確認して、鈴科百合子は歩きだした。学校に行く道とは反対に、かつての居場所だったあの研究所へ。

(木原は死んだ。アイツさえいなければ制圧なンて問題無ェ)

頭の中でプランを立てていく。かつての能力を自由に使えた頃には考えたこともなかった問題点を片っ端から潰していく。だからか、後ろから近づく影に彼女は気づかなかった。

「―――っ!?」

いきなり捕まれた左手に鈴科百合子は焦った。左手を捕まれた時点で彼女は能力を使えない。ただの弱い少女に成り下がってしまう。

「百合子?」

「あっ……、垣根」

「どうしたんだよ、学校から反対方向に歩いて」

「………、頬悪かった」

「えっ、これはオマエのせいじゃねぇよ。まぁある意味オマエのせいだけど」

「俺がいたから傷ついたンだろ?」

「百合子何言って……」

「垣根の傷も皆の傷も、俺のせいに決まってる。幸せなンて享受してはいけなかったンだ。だから皆が不幸になる。」

俺のせいで、と呟く彼女は弱々しく、学園都市最強の異名など感じさせなかった。そんな彼女に驚きはしたものの、どこか分かった気持ちでいた。

(そうだよなぁ。俺達みたいな"こっち"の人間にはこの世界はまぶしすぎる)

この甘く緩やかな世界は垣根達が望んでも本来手に入らないものだ。小さい頃からその現実を叩き付けられてきている。諦めろ、所詮これが人生だと。だから今この世界はきっと神様がちょっと間違えてしまったのだと、最初は垣根も思っていた。

「百合子、大丈夫だから」

「………、でも」

「別に研究所の連中とのいざこざじゃねぇよ。連中ごときに俺が遅れをとる訳ないだろ」

「………確かにオマエ第二位だもンな」

「少しは信用しろよ。オマエの相棒第二位こと垣根帝督様だぞ」

「黙れ冷蔵庫」

くすっと微笑んだ鈴科百合子の頭を垣根が撫でる。撫でられることが気持ち良いのか、彼女の目が細まった。

「なぁ百合子、俺オマエのこと好うぉああ!!」

突然現れた陣が垣根の周りを囲う。そして赤く輝くと同時に垣根は未元物質で作り出した羽で浮上した。

「ちょ、おま……いきなり何すんだよ!!」

「済まない上やん、浜面。殺りそこねたにゃー」

「気にするなよ、また機会はあるって」

「鈴科大丈夫か?もしかして冷蔵庫に襲われたか?」

「いや、頭撫でられた」

「上やん追撃するぞ」

「俺の右手が使えればいいんだが……」

「空中戦は俺らには向いてないな」

「ちょっとまてお前ら!!何故いきなり攻撃!?」

「「「鈴科とイチャイチャしてたから」」」

「あァ、なンていうかその………、頑張れよ」

「百合子ぉぉぉ!!オマエが最後の正義なんだ!」

「鈴科、あんな奴置いていって早く登校するぞ」

「あァ、今行く」

垣根の叫び声を背景に鈴科百合子は輪に入った。

いつの間にか、空は快晴だ。

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