黒子は最近戸惑っていた。理由は簡単、敬愛するお姉様……御坂美琴の様子がおかしいからだ。学校には普段通り来る、そして授業も普通に受ける。しかし今までと違う点が一つあった。それは常盤台で例外的に行われている授業、通称レベル別適性指導だ。
これは各レベル、能力に応じて授業内容を変えるという進学校だからこその授業であり、生徒にも評判は良かった。自分に合ったカリキュラムというのは能力の伸びを早くする。自身の能力向上に大きく役に立つのだ。
美琴はレベル5であり電撃系統、従って授業では精密性を養う方向になった。強い電撃を飛ばすことは美琴の意思で容易に出来るが、逆に細かいものは難しい。緻密な操作は神経と集中力をよく使う。そのために美琴はこのコースを受けていた。
日頃から真面目に授業を受ける美琴であったが最近変わったらしい。まるでその授業が本来の目的であるかのような集中だった。このコースにかける熱意が常軌を軌していて、周りの教師でさえ心配する程である。
「お姉様、急にどうされましたの?」
「なによ黒子、私何か変?」
「いえ、特別コースへの集中が尋常ではないと聞きましたの」
「真面目に受けることの何が悪いんだか」
「………何かやりたいことでもお有りで?」
「やりたいことかぁ。じつはね、精密な電流操作をマスターしたいのよ」
「お姉様、ハッキングなどは良くないですわ」
「ハッキングじゃないわよ。あぁ、でも侵入なら同じなのかな。ネットワークの方が精密だろうけど所詮レベル3程度じゃ5には敵わないだろうし」
ブツブツと何かを言いはじめた美琴に、黒子は鳥肌が立った。何か自分が理解しえないことを美琴はしようとしてるのではないか、その思いが黒子の中を支配していった。
「お姉様は、何がしたいのですか?」
「そうね、経緯を全て省くとすれば………記憶を弄りたいの」
普通に、何事もないかのように美琴は言った。ちょっとした願望を呟くかのように美琴は、人の過去を踏みにじるようなことを言ったのだ。今までの美琴を敬愛していた黒子は、目の前の人間を美琴と思えなかった。彼女は美琴のふりをした宇宙人だと、黒子は思いたかった。
「人の記憶を弄るだなんて、お姉様のすべきことではありませんわ!」
「だってアレがある限り、アイツは私を見てくれないもの」
「だからといって、お姉様でも赦せないものはあります!!」
「………黒子」
美琴は黒子の額に手を添えた。今までの話の流れなら、分かってしまう。この行為が、どういう意味をもつのか。
「お姉様………?」
「黒子、いい加減黙ってくれないと……、ビリッとしちゃうよ?」
その目に黒子は写っていない。あるのは狂気と狂喜、そして彼女の夢見る未来だけ。
「安心してよ黒子、何もしなければ何もしないから」
ニコリと笑った美琴は、まるで悪に魅入られた哀れな少女だった。