何となく予兆はあった。例えば朝の歯磨きで自分の歯ブラシを使わなかったり。朝ごはんで目玉焼きにかける醤油をご飯にかけたり。そしていつもつまらないと文句をつけるニュースを、食い入るように観たり。
「オイ」
「…………」
「オイ、このクソガキ」
「あぁ……ほえ?」
「チッ、黄泉川!!医者呼んでこい!!」
「ははっ、医者は呼ぶんじゃなくて行くものじゃんよ」
「きっと暑くて回路がショートしてるのね」
「ショートだァ?」
黄泉川宅に置いてある簡易キットで打ち止めの容態を調べる。カエル医者の元ならばもっと正確なデータが取れるが、研究に携わった芳川にまず相談ということになったのだ。
「最近とても暑いでしょう?だからきっと熱中症みたいなものね」
「………大丈夫なのかよ」
「えぇ、あなたへの演算に支障は出ないわ。それともあなたが心配しているのは、この子の体のことかしら?」
「ホント性格悪ィな」
意地悪そうに芳川は微笑むとキットを片付けていく。そしてバタンと扉を閉める音。玄関にはいくつかのスーパーの袋を持った番外個体がいた。
「……買ってきた」
「ありがとう番外個体。全部あったかしら」
「ミサカに不可能は無いの。無いなら見つけるまで帰らないし」
本人は格好をつけているが、要は有能であることを示したいのだ。そして打ち止めの為に暑い中駆け回るという優しさを、無意識に表していた。
「さすがね番外個体。じゃあそこに置いて……」
てきぱきと支度をする様はまるで母親のようで、一方通行と番外個体は少し驚く。生活スキルは皆無というオチにはならなかった。
「じゃあ一方通行、この子の面倒よろしくね」
「オマエがやるンじゃねェのか?」
「看病くらいしなさいな。それに……心配なんでしょう?」
「…………」
「じゃあミサカも失礼しようかな。お邪魔はしたくないし」
ニコニコと不気味な笑いを含みながら番外個体は部屋に戻り、芳川は出かけてしまった。取り残された一方通行は、ちらりと打ち止めを見る。ハァハァと魘れている打ち止めは見ていても苦しそうで、自然と一方通行の手は打ち止めの額に伸びていた。
「……も……いいね」
「?」
「アナタの…手、気持…ちいい…ね」
「そォかよ」
「ひんやりしてて、冷えピタみたい」
「オマエの額に冷えピタ貼ってあるから、それのせいじゃねェの?」
「ううん。冷えピタは冷たいの。アナタの手は気持ちいいの」
「………喋らねェでとっとと寝ろ」
乱れた布団を戻し、きちんと寝かせる。暑いだの何だの言っているが、布団はきちんと掛けなければならないらしい(芳川曰く)お腹出して逆に悪化なんかしたら笑い者である。
薬が効いてきたのか、打ち止めの目が虚ろになっていく。副作用なのか体内機能なのか、眠いらしい。一方通行は邪魔してはいけないと思い、静かに部屋を出る。しかし
「ねぇ、一方通行。風邪治したら、ミサカにご褒美ちょうだい?」
「何で俺が……」
「頑張って治すもん。だから何かちょうだい?」
「………治ったらコーヒーゼリーやる」
その言葉に打ち止めはにこりと笑って、頑張ると呟いた。