「不幸だぁー!!」

暖かな陽が降り注ぐ昼下がり、とある少年の声が校舎に響いた。周りの人間はまたかと、呆れた顔をする。当の本人はこの世の終わりのような顔をして、机に臥していた。

「どうした上やん、何かあったか?」

「芳川先生の授業の宿題忘れた……」

芳川の授業は、決して悪いものではない。常に生徒の視線に立ち物事を教える姿は、他の生徒や先生にも評判がよかった。しかし彼女は宿題に関しては厳格で、忘れたものなら悲惨な末路を辿ることになるのだ。

「誰かに写させてもらうしかないにゃー」

「ちゃんとやったのにな、徹夜で」

「ご愁傷様だにゃ。一方通行辺りはどうだ?」

「アイツは途中式を省くから何が何だか分からない」

「噂だと二の五十乗を一瞬で計算出来るとか」

「土御門はやってな……、そっか、専攻してないのか」

「芳川先生の授業は確か一方通行と垣根と……浜面もか」

「浜面がいた!ありがとう土御門、浜面探してくる」

扉を勢いよく開けて屋上に当麻は向かった。浜面(通称ハーレム野郎)は滝壺や麦野、絹旗達と基本屋上にいる。交際している浜面と滝壺、浜面を掠め取ろうと策している麦野、ちょっかいを掛ける絹旗と、非常に難しい関係の四人だが何かといつも一緒にいるのだ。そこには誰にも入れない絆があり、それが彼等を繋いでいる。

当麻と代わるように入ってきた一方通行は、当麻の煩さに一瞬顔を顰めた。

「朝から五月蝿い奴だな。何かあったのか?」

「芳川先生の宿題忘れて浜面に助けを求めに行った」

「よりによって芳川かよ。相変わらず不幸だな、アイツ」

「不幸は、もはや上やんのステータスだな」

コーヒー片手に座った一方通行は芳川の授業の仕度をする。一方通行は授業態度は悪いもののきちんと超えてはいけない一線は守るし、宿題などは忘れない。悪い奴だが根は良い奴なのだ。

「御坂なら見せてくれるンじゃねェの?」

「多分代わりに付き合えとか言われるだろうな」

「……?買い物くらい付き合ってやれよ」

「天然なんだか馬鹿なんだか……」

馬鹿と言われてキレかけたが、喧嘩で勝てないことは百も承知なので手は出さない。それに暴力沙汰で停学も何かと面倒臭い。

「今からじゃ、どっちにしろ間に合わねェだろ」

「芳川先生は授業の最後に宿題を集めるからな。授業中にやれば終わるさ」

「そのために授業をさぼるのは、本末転倒だな」

一方通行は、ふと外を見た。先程まで晴れていた天気は一転して、暗く重い雲が空を支配している。雨足も強くなり、恐らく今がピークだろう。

「なァ、こんな雨の日に浜面達が屋上にいると思うか?」

「あっ、しまった」

ガラリと、扉を開ける音。扉には雨でずぶ濡れの上条当麻がいた。雨でシャツやらズボンやらが悲惨な状態である。

「よォ上条、なンですかァその様は」

「浜面追って屋上行ったら雨が……」

「雨の日に浜面達が屋上にいないのは当然だろ。不幸云々の前にその残念な頭治したらどォだ」

「そこまで言うか!?」

「馬鹿で残念な上条当麻に朗報だ。今日の芳川の授業は自習だとよ。宿題は次回回収」

「一方通行……さん?」

「良かったな、命拾い出来て」

「一方通行大好き何でもする!!」

嬉しさのあまり思わず一方通行に抱き着く。女の子のようなふっくらとした感触はないが、細くて白い体躯はまさに女の子だ。

「離れろ!ったく、気持ち悪ィ野郎だ」

「ごめんごめん、つい衝動的にさ」

「朝からイチャつくなよ、ご両人」

「イチャついてなンかねェよ!!その花畑な脳内どうにかしろ」

「俺だってイチャつくなら女の子がいいぞ」

「ったく、疲れる」





「土御門も良い奴なんだぜ。一方通行だって分かってる癖に」

「良い奴っていうか、喰えない奴だよな」

「そうだ……な」

歯切れの悪い当麻を見ると、彼の足が溝に嵌まっていた。いつもの不幸スキルである。

「汚ェな、こっち来ンなよ」

「そんなこと言わずに助けて下さい!!」

所詮モヤシな一方通行にどうこう出来る筈はないが、とりあえず手を貸してやる。それを支えに、当麻は溝から足を抜いた。当麻が体重をかけた時に足元がふらついたが、当麻は何も言わなかった。自ら不幸を重ねることなど御免である。

「うわぁ、制服が……」

「……とりあえず学校戻れ。代えの制服ぐらいあンだろ」

「そうするわ、悪いな」

「早く行け。何か見てられねェ、哀れすぎて」

当麻は学校へ駆けて戻って行った。制服を代えてもらってまた不幸に見舞われる可能性もあるが、それを言い出したらきりがない。

(そういや、コーヒー切らしてたか)

近くのコンビニ情報を一瞬で叩き出す。この辺りのコンビニはもはや一方通行の庭であり、彼はそこに並んでいる銘柄まで覚えていた。


「ねぇ貴方、聞きたいことがあるの、ってミサカはミサカは質問したり」

「あァ?」



そこに人がいる限り、選択肢は無数にある。ただ選んだ答えが違うだけ、それだけで人は幾多の道を作り出していく。彼がこの街に来なければ、彼女が少年に助けられなければ、彼女が少年に恋をしなければ、彼が手を血で染めなければ、少女がウイルスに侵されなければ。一つでも違ったなら、未来もまた変わっていくのだろう。

しかし、それでも、運命はある。世の理を曲げてでも、会わなければならない人がいる。


そして今日、彼と彼女は出会った。
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