あの人の別れ際の顔を、今ではすっかり忘れてしまった。泣き顔だったのか、それとも恐怖の色を浮かべていたのか。少なくとも笑ってはいなかった、確実に。それだけは……確かだ。

同級生に怪我を負わせてから、少しだけ家で過ごした。逃げてきた、どうして銃を向けられたのか分からない。あの人達にはこの事を言わなかったから、あの人達は普通に接してくれていた筈。普段からあまり積極的に関わろうとはしなかった……と思う。

部屋に篭ってゲームをした。まだクリアしていないゲーム。ラスボスがとても強い。本当にクリア出来るのだろうか?製作会社に問い合わせてみたい。

インターホンが鳴った。窓から玄関を覗き見ると、白衣の大人がたくさんいた。その内の一人と、自然に目が合う。えっと、会釈しなきゃいけないんだ。お辞儀をしようとしたら目を逸らされた。何か悪いことをしただろうか?

あの人が部屋に上がってくる。プレイ中のゲームをスリープ状態にして扉を開けた。あの人は、驚くような目をしてこちらを見た。どうしてそんな目で見るのだろうか。怪我をさせてしまったから?

あの人は僕を抱きしめようとして………やめた。背中へ伸ばされた手は元に戻り、下に下りてくるよう、ただ、言われた。玄関には白衣の人間。さっきの人間もいた。何だろう、何かの検査だろうか。あの人は俯いていて、手には封筒を握っていた。茶色の封筒には何が入っているのか、僕は後から理解することになる。

白衣の人達が言うには、僕は"病気"らしい。他人に触れると危険な病気だから、病院に来てほしいと。それは大変だ、みんなに迷惑をかけてしまう。僕は頷いて、白衣の人達に付いて行った。でも………

「お母さんは来ないの?」

「ママは……後から行くわ」

「どうして一緒に来てくれないの?」

「パパ達の晩御飯を用意しないといけないの」

「分かった、すぐ来てね」

思えばあの時、あの人は返事をしなかった。すぐに来てという願いを叶えると約束なんてしていないのだ。

あの人は僕が何なのか聞いていたのか、それは結局分からなかった。ただあの人は、今でも僕を……×××××を思い出してくれているのだろうか?あの日やり残したゲームは今も×××××の帰りを待っているのか。


俺は一度、あの人達の家の近くに行ったことがある。自分の家ではない、あの人達の家。実験を繰り返してきたせいか、昔の記憶が朧げになってしまった。薬の副作用とかいうやつか。微かな記憶を頼りに向かった先は更地だった。この地に居辛くなったのだろうか。

街で例えすれ違ったとしても、絶対気づかないだろう。いや、向こうもこちらも気づきたくないだろう。あの人達には俺などいなかった存在なのだし。

過去は捨てた、そう言い切れないのも事実。いっそ記憶が消えれば悶々とした気持ちも消えるのだが。かといって薬漬けになるのも御免だ。あの人達が完全に俺の中から消えることはないのだから。

会えなくても、あの人が今でも片思いな約束を覚えてくれたら、それだけで嬉しい。

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「見えない臓器の名前は」
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