一人の男が闇夜を駆け抜ける。高さをものともしない跳躍、しかしどこか焦りを感じさせた。黒を基調とした服に滲み出ている赤、血である。かなり出血しているのか息が上がっている。

(一度止まるか…)

男は路地裏に足を付け壁を背にして座り込んだ。足音はしない、追っ手はまだのようだ。男は懐からケースを取り出して中身を確認した。

「まだ大丈夫だ、これさえあれば…」

「何が大丈夫なのかしら?」

男が顔を上げた瞬間、頭に強い衝撃がきた。カランと音のした方向に視線を送ると缶が落ちていた。

「手加減しただろうな」

「当然だ。死ンだら終わりだろォが」

「結標」

「これかしら?」

結標の手には先程まで男が持っていたケースがあった。その光景に男は唖然とする。

「第一任務完了ね」

「なんで…さっきまで俺が……」

「お前の疑問に答える気はない。でもまぁ、逃げられると思うなよ」

土御門が走り出したのと男が路地裏にあった液体を取ったのは同時だった。土御門は一度止まり液体を凝視した。

「ガソリンか…」

「来たらばらまいて燃えてやる」

「面倒臭い奴だな、結標」

「了解」

結標がガソリンを座標移動させる。しかしその時携帯の着信音が鳴った。反射的に意識がそちらにいってしまい、結標は演算が一瞬疎かになった。座標移動という能力はその名の通り物質の位置を変えるものだ。瞬間移動同様に非常に応用の利く能力であり、その分扱いも難しくなる。よって演算も複雑になり、綿密に慎重に行わなければ多大な損害を被ってしまう。結標の意識が逸れたことにより、ガソリンは指定した座標から大きくズレてしまった。―――一方通行の頭上に。

まさか結標が座標を間違えるとは誰も思うまい。空中で行き場を無くしたガソリンは重力に従って真下に落ちる。仮に下にいたのが土御門なら回避出来たであろう。海原でも可能かもしれない。しかし運が悪いことに下にいたのは一方通行。杖をついている彼に咄嗟に避けろというのは酷だろう。

「………」

ガソリン塗れになった一方通行は何も言わない。グレーホワイトの服は生地が薄く色々問題のある光景なのだが誰一人それを言わなかった。

「あ……一方通行?その…わざとじゃないのよ、別に。座標移動しようとしたら演算を間違えてしまって…」

一方通行は何も言わずにカツカツと杖を響かせながら歩く。彼の能力ならいくら障害を負っているとはいえ結標くらい簡単に殺せるだろう。座標移動で逃げるという選択肢もあるが今の結標にはそれに思い至るまでの思考力がなかった。

しかし一方通行は結標の横を通り抜け、男の元へ向かった。結標は驚いて振り向くと、男を足蹴にしている一方通行の姿が。

「ったくこの馬鹿のせいで俺が被害受ける羽目になったンですけどォ!!第一てめェがガソリンなンざ持ち出さなければ面倒なことにはならずに済ンだンだよ糞が!」

大層ご立腹らしく一方通行は俺が気を失うまで罵声と暴力を続けた。……と言ってもいつの間にかスイッチを入れたらしく十秒と保たなかったが。気を失った俺に興味が失せたのか、一方通行は足を退けて海原に話し掛けた。

「オイ、代えの服とシャワー浴びれる場所借りとけ」

「既に手配はしていますよ。にしてもその姿……外にいる分には問題ですね」

「文句ならそこの女に言え」

「わ、分かってるわよ。私の演算ミスが原因なんだし」

「いや、むしろこれもアリなんじゃ「今すぐ黄泉の国に連れてってやろォか?」

会話に縫って入るように車の停車音が響く。道路に黒い車が止まっており、黒服の人間達が気を失った男を運んだ。一方通行達はその車の後ろにあるキャンピングカーに乗り込んだ。

「チッ、やっぱりベタベタするな」

「脱いだらどうですか?」

「生憎俺は人の前で脱ぐような性癖は持ち合わせてねェよ」

「着ていても十分問題ある格好ですけどね」

海原は自分が着ていたジャケットを一方通行に渡した。一方通行は意味が分かっていないらしく、海原を睨みつける。

「……何の真似だ?」

「上半身とはいえ裸に抵抗があるようでしたから。服でも羽織ればいいのでは?」

「何考えてやがる。気色わりィ」

「需要と供給のバランスですよ。たまにはサービスしてみては?」

「意味分かんねェ」

しかし濡れた服の着心地程悪いものはないらしく、一方通行は服を脱いで海原からジャケットを奪う。結標も上着の下に更級、土御門は胸元を露出するアロハシャツ、グループはなんだかんだ言って露出が高い。それを思うと一方通行の今の格好もあながち変ではないかもしれない。

そんな変な思考が巡りながら一方通行は外を見た。裸ジャケットな一方通行をガン見していたグループのことを一方通行は知らない。

「色気は大切ですよね」

海原の策略的な声は発せられることなく消えた。

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