上条宅、何故か土御門がいた。これといった問題もない、至って普通の日常である。土御門の表情は重く、当麻もそれにつられて重い。

「カミやん……」

「どうした?」

土御門の口が開かれる。


「鬼ごっこしようぜい」

「………は?」

「えっと今までの沈黙は?」

「雰囲気出てただろ?わざとだにゃ〜」

「ふざけんなよ!てっきりまた問題があったと思っただろうが!!」

「落ち着けよカミやん。そんな頻繁に魔術的な問題が起きてたらこの街は壊滅してるぜ。ただ鬼ごっこにも意味はある」

「ふざけたやつだったら怒るからな」

「カミやん、敵と戦う上で大切なことはなんだ」

「えーっと、技術とか?」

「確かに技術は大切だ。だがそれは俺とか神裂みたいに特化してる奴が鍛えるものだ。オールマイティな奴、逆に特化してるものが無い奴は技術を学ぶより先にやることがある」

「なんだよ」

「体力だよ。簡単そうで見落としがちだか全ては相応する基礎あっての技術だろう?」

「その体力が俺には足りないのか」

「そういうことだよ。だから鬼ごっこ。シンプルに走り込み感覚で遊べる。あっ、罰ゲームはありだぜい」

「だが土御門相手じゃ俺が不利だろ」

「安心しろ。鬼は別の奴にまかせてある」




「土御門…さん。マジですか?」

「大マジだにゃ〜」

土御門と当麻がいるのは街中。鬼に任命された奴は現在買い物中である。慣れないのかとても疲れた様子で買い物を済ます鬼。紛うことなく一方通行だった。

「カミやん、一方通行は確かに学園都市最強だが30分制限がある。しかも街中、全力なんざ出してこない」

「そっか……能力制限されてんのか」

「日没まで生きていたらセーフだ。少なくとも一方通行に捕まったら無傷ではいられないから、嘘なんかつくんじゃないぞ」

「なんか不穏な単語が聞こえてきたんだが」

土御門は当麻の言葉を無視して、一方通行の元へ行く。ちなみに一方通行には鬼ごっこについて伝えていない。いきなりそんなことを頼んで大丈夫なのかと聞きたいが、土御門は既に一方通行の元へ。土御門と一方通行は面識がある為、特に警戒していないようだ。

(とりあえず一方通行に出会わないように逃げないと)

今のうちに準備運動をと当麻は思い、軽くストレッチをする。だが次の瞬間、当麻は空気が変わったことに気づいた。何かがこちらを見ている。しかも悪意やら殺意やら込められた視線でだ。土御門に伝えなければと思い土御門の元へ。魔術陳が攻め込んできたならば、鬼ごっこなどしてはいられない。しかし当麻は気づいてしまった。その視線が土御門の方からすることを。だが土御門ではない、では誰が?そんなの、一つしか答えが浮かび上がらない。

「土御門ぉぉぉ!!」

当麻は全力で逃げた。白き悪魔から逃げ切るために。ロシアで天使になった?そんなの知るか状態だ。今の一方通行には悪魔、魔王、その類いの言葉しか出てこない。何やら凄い音を聞きながら当麻は全力疾走した。

(お疲れカミやん、せいぜい逃げ切れるよう応援くらいはしてやるよ)

土御門がとった行動は単純。鬼ごっこの鬼を頼んだだけだ。してくれたらコーヒーを奢る、そんな約束をして。ただ最後に「カミやんは相変わらず女運が良いんだか悪いんだか。御坂系統にはほとんどフラグを持つからな」と言っただけ。打ち止め一筋の一方通行が聞き逃すことのない一言を。

(あんなのにまともに相対出来る訳ないだろ)

当麻は勘違いしている。能力制限?街中だから?土御門の言葉にまんまと騙されたのだ、当麻は。まずこの遊びは鬼ごっこだ。単純に捕まえる、それだけ。追いつけばそこで勝敗は決まる。戦えと言ってる訳ではないのだ。全ては速さの問題だ。たとえ30分という能力制限を受けている一方通行でも、そんなの枷にすらならない。ベクトル操作でスピードを自在に操れる一方通行と、生身の高校生上条当麻じゃ、結果は見るよりも明らかだ。

(日没まで2時間、休ませてもらうぜい)

適当なファミレスに入り、土御門は時間を潰すことにした。



残り時間15分、あらかじめ約束した場所に土御門は向かう一方通行に捕まったのは確実として果たして此処まで来れるか、疑問だったが何とかなるだろう。時間は夕暮れ、街行く人はほとんどいない。まさに日常、愛すべき平凡だ。子供達の声も聞こえず、ひっそりとした公園。

(平凡は最高だにゃ〜。いつも通りの日…常……?)

土御門はようやく異常な日常に気づく。日没といえば皆が帰る途中だ。公園ならば遊んでいた子供達が帰るし、大人ならば買い物などに勤しむ時間。なのに……静かすぎる。これこそ嵐の前の静けさだ。

(おいおい、まさか波乱の大反撃でも始まるのか?)

なんとなく、原因は当麻だと感じていた。この鬼ごっこ、捕まらなければ勝ち。つまりは二人とも捕まれば、土御門は実質負けになる。今、当麻は相打ちに持ち込もうとしてるのだ。

「相打ちは勘弁だぜい、カミやん」

「相打ちじゃねぇよ、土御門」

土御門が振り向くと当麻が立っていた。―――無傷なままで。

「悪いな土御門、俺はまだ捕まってない。明確な印があればいいんだが、服の乱れで判断してくれ」

「なっ、カミやん?一方通行から逃げたのか?」

「土御門、よくお前は言うよな。カミやんは不幸だな〜って」

「あぁ、言うぜい」

「他にも言うじゃないか。フラグ建築士だとか………説教家だとか」

「……っ!!カミやん、まさか……」

土御門は痛恨のミスをしていた。

(しまったぁぁぁ!!!カミやんには説教スキルがあった!!どんな敵も口先で倒してきたあの説教スキル…)

「話せばすぐに分かってくれたぜ、アイツは。なぁ、一方通行」

「チッ、面倒臭ェ。」

カツカツと、悪魔の足音と共に先程土御門が買収した一方通行が歩いて来る。夕暮れ時にも映えるその姿には、不機嫌が手にとる程分かる。


「で、俺はどうすればいいンですかァ?買い物中にこンなのに巻き込まれた俺は。その金髪アロハをミンチにすればいいンですかァ?」

「へっ?いや、上条さんはそこまで鬼畜じゃないですよ。タッチしてもらえば」

「あァ?」

「だから今ここで、タッチしてくれれば構わないから」

「あァ、そういうことか。」

一方通行が土御門に近づく。時間は残り5分、土御門が全力で逃げても能力を使われたら逃げ切れない。この近くにはトンネルも無かった。

「くそっ、俺もここまでか」

土御門の敗因は驕ったことだろう。常に危険が纏う戦いの中生き残ってきた当麻を甘く見ていた。どんな苦境も右手とその体一つでくぐり抜けてきたことはある意味天才、とも言えることである。

「ンじゃ面倒だからとっとと……あァ?」

静かな空間に音が鳴り響く。携帯の着信音である。

「あァ、黄泉川か。はァ?はいはいワカリマシタ。……うるせェよいちいち。とりあえずガキは黙らせとけ」

通話を切ると一方通行は反対方向へ歩きだした。

「一方通行さん!?」

「黄泉川が早く帰って来いだと。悪ィが付き合ってられねェ」

買い物袋を重そうに持ちながら、一方通行はふらついた足どりで歩いていった。残された二人の間にはどうしようもない空気が流れる。結局勝敗は決まらなかったことで、やりきれない思いが溜まっていたのだが、お互い気力が残っておらず、とりあえず夕食を作る為に帰路についた。終始無言で帰宅していく彼らはなんともいえない表情だった。



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