美織率いる私立帝条高校サッカー部は優秀な成績を誇る部である。一人一人が高い基礎能力をもち、それを試合で十分に引き出していた。攻守共に強い、まさに強豪校であった。
監督が女だからといって、私立帝条の株が落ちることはなかった。むしろ「美人監督、チームを優勝へ」と謳われるほどの人気があった。そして部員達も、彼女の力を大いに評価していた。
的確な指導と指摘、サッカーに関して彼女に抜け目はない。しかし彼女の立場上、どうしても強くは出られない事情があった。どんなに男女平等といわれても、現実完全にはそうなっていない。女だからという点では低く評価されたり、扱われたりもした。だからこそ、そんな彼女は学校内でも問題のないよう上手く取り繕っている部分があった。無論サッカー部の前ではなかったが。
「ということでゴメンね」
「いえ、仕事なら仕方ありませんよ。帰って来たらよろしくお願いします。いない間は僕が皆を見ておきますから」
美織は本日出張が入ってしまった。断りたかったが、なんとなく空気に押されてしまったのだ。しかも今は試合前でサッカー部もピリピリしている。公式試合の前に監督が出られませんじゃ話にならない。
そう何度も思ったが結局断れず、彼女は部員である鳴路にその旨を伝えに来た訳である。監督である以前に彼女は教員、やるべき職務は果たさなければならない。鳴路はそれを良く理解している為、特に異論をしなかった。
「あっ、それは大丈夫よ。監督代理を立てておいたから」
「代理……ですか?」
「信頼出来る奴だから安心しなさい。確かもうすぐ来るわ。適当に挨拶して練習を見てもらってね」
そう言い残すと美織は出張に行ってしまい、一人鳴路は部員達の元へ向かった。すると部員達が何やら騒いでいる。何かと思い急ぐと京介が誰かと口論していた。
「だーかーら、アンタ誰?」
「監督代理だってば。美織から何も聞いてないのか?」
「んなの知らない」
「待って下さい、その人の言うことは確かです」
鳴路がそう告げると京介は不機嫌な顔をした。鳴路が美織の出張のことを話すと、やっと納得したようだ。
「失礼しました。えっと……」
「戸畑勇志だ。美織とは、まぁ知り合いだな」
「戸畑さん、一日よろしくお願いします」
おう、と勇志が返すと他の部員達も一応礼をする。誰が何と言おうと練習を見てくれるのだ、感謝はしなければならない。
「とりあえず試合を見せてくれ」
「試合を……ですか?」
「試合前だしな。今更基礎を見るより、試合で使うような連携を見た方がいいだろう」
「分かりました」
レギュラーは鳴路を中心にグラウンドに集まった。そこで軽くアップして、試合のフォーメーションになる。そして鳴路の魔法で彼等は動いた。まさに魔法のように動き、綺麗な軌道を描いてボールはゴールに入った。
「今のが僕達のやり方です。これはトランセンドサッカーと言って……」
「あー分かるからいいよ説明は。にしても面白いね、君達のやり方」
「トランセンドサッカーは珍しいですか?」
「いやいや、それ自体は普通。個々の特徴を最大限に考えてるのは分かる。ただ足りないだけ」
「足りない?」
鳴路達はトランセンドサッカーの精度に誇りをもっている。それに関して何もぬかりはない筈だ。それに異論をもたれたことに、鳴路は珍しく機嫌が悪かった。
「綺麗に出来ていると自負してますが」
「うん、綺麗、だからダメ」
「ダメって……」
「それじゃ抜かれるね。運びはいいが一度取られるとキツイのも否めない。もっと改良するべきだ」
鳴路は勇志の言葉に少し驚いた。確かにこのフォーメーションは攻めに強いが守りには若干の弱さを感じさせる。鳴路がこのフォーメーションで一番危惧していることだ。それを一度見ただけで勇志は見抜いた。
「……ご指導頂けますか?」
「もちろん」
勇志は椅子から立ち、グラウンドに入る。レギュラー達を所定位置につかせた後、勇志は細かく皆の位置を変えていった。何の法則や規則に従っているか分からない、不思議なフォーメーションだった。
「これでいい。少なくともこれなら守りの弱さを減らせる」
「多少位置を変えただけでは?」
「最初のお前達の位置だとボールが取られた後の初動が難しい。相手プレーヤーの背中側にいることになるからな。でもこれだとそれはない。むしろ敵にとっていてほしくない位置だ」
「どうしてそんなこと……」
「経験だよ」
勇志はそれから少しずつ手直しを加えていった。位置からパスの軌道、それぞれの個性を生かす瞬間など勇志は直していく。その的確さに、部員達は息を呑んだ。
試合に大差をつけて勝ったのは言うまでもない。