決勝まで上がってきた吏人を、心亜は簡単に"折った"。心亜にとって吏人は唯一自分に向かってくる人間で貴重だったが、同時に最も折りたい人間でもあったのだ。それに勇志の意志を継いでいる彼を折ることは、あの日の完結を示している。過去がどうでもいいというのは確かだが、心亜にとって折りそこないという存在は邪魔だった。

心亜に真正面からドリブルで勝負する吏人を誰もが最初愚かだと思っただろう。いくら吏人が天才とはいえ相手はあの人と恐れられる心亜、仲間は大会なんて無関係な弱小チーム。

だからこそ、心亜は期待通りに折った。吏人が潰れれば気分爽快、あの幻影を見なくて済む。

―――なのに

「そんな……」

勇志がいた。長い黒髪を結っているところも、メガネを掛けているところも、ジャージ姿なところも、正直五年前と何も変わっていない。心亜に壊されたあの頃と何も。

気に入らなかった、その明るさが。全てに対して平等だった彼に虫酸が走り、無性に壊したくなった。サッカーを楽しむと豪語する勇志の顔が歪むのを見たかった……のに。

彼は五年かかったが立ち直ったのだ。恐らく吏人がいたから。勇志の意志を継ぎ最良だと思っている吏人の存在が、彼を再び呼び戻してしまった。

勇志の中には吏人しかいない。現に今だって心亜じゃなくて吏人にしか興味がいっていない。それが昔とは違う距離感で、ひどくもどかしく感じさせた。

そんな特異な感情をぶつけたくて、吏人を潰そうとした。勇志の登場はあったが依然としてこちらの有利は変わらない。吏人を痛め付けて、意志を継がせてしまったことに後悔させてやろうとしたのに。



「ゲームセット!!」



非情な声が響いた。

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