心亜は入った時、居心地の悪さを感じた。チームが一丸となっている、まさに絆とかいうやつだ。力を合わせれば試合に勝てるだなんて甘い考えを持った奴らだと、思っていた。練習だってそう。一人一人に合う個人練習をしている。とてもゆっくりとしていて、上手くさせようという意思が伝わって来ない。彼らは満足しているようだが心亜は物足りなかった。もっと攻撃的に確実に素早く上手くなる、そうすれば相手チームの心を折ることが出来る。もう挑もうなんて思わない程徹底的に折る、これが心亜のスタイルだ。心亜のやり方に対して勇志の景色が変わるのを楽しむなんてものは合わない。今は皆勇志を信頼し尊敬しているから何もないが、皆が心亜側に傾けば勇志も変えざるをえないと、心亜は確信していた。圧倒的な技術で相手を追い込む、その快感に皆気づいていないだけなのだから。
ある練習後、心亜は勇志と話がしたくて練習が終わっても帰らなかった。皆が帰り吏人も帰って、練習場には勇志一人。吏人は怪訝そうに心亜を見ていたが、何も言わずに帰っていった。
「どうした心亜?」
「ちょっと話がしたくて。」
勇志は皆が使ったボールを抱えながらベンチに座り、隣の席を叩く。座れ、そういう意味だろう。だが心亜は勇志の言葉を無視して正面に立った。普段は勇志の方が高いが、座ったことで心亜が勇志を見下ろす形になった。
「勇志さん、あなたは皆を上手くさせる気はあるんですか?」
「させる気があるからわざわざ集めて練習をさせているんだけど」
「でも景色が変わっていくのを楽しむなんて緩すぎなんですよ。もっと早く、確実に潰すサッカーがしたい」
"潰す"という単語に反応したのか、勇志の目が見開かれる。サッカーは勝つものであり潰すものではない。それを言えばいいのだが勇志は何も言わず立ち上がった。体勢は逆転し勇志が心亜を見下ろす形になる。
「心亜、たしかにお前には才能がある。恐らくサッカーだけじゃない、運動全般に対してのな。きっと周りより秀でてきたかもしれない。昔からやってた奴らより上手く出来たこともあるかもしれない。だがな、慢心するな。努力を怠ったら実力は出せないし正しく練習をしなかったら怪我もする」
「何が言いたいんですか?」
「お前のプレースタイルは限界がある。楽しむ気持ちが無くなってサッカーに意味が出せなくなる。そうなったら辛いのはお前だぞ」
子供に諭すような言い方。しかも内容もテンプレ的なもの。この程度なら心亜は言われ慣れていた。いまさら言われても何も思わない言葉の羅列。
「勇志さん、もういいです。聞いてる価値ないですから」
「可愛くない子供だな」
「いえ、言っても意味ないとは思ってましたから」
心亜はボールを片付けようと勇志からボールを一つ奪い取った。仮にも監督と教え子という関係である、必要最低限のことはする。運びながらどうやってチームを壊そうか、それしか頭に無かった。
「心亜、ボール前に出して」
「はぁ?なんですか?」
一応言われたように片手でボールを突き出すようにもつ。すると風が急に吹いてきた。咄嗟に心亜は片目をつぶる。目を開くとボールが無い。風が吹いてきた方向とは逆をみるとボールが転がっていた、ゴールネットの中に。誰が何をしたかなんて言わなくても理解出来た。
「心亜、文句言うならこれ出来るようになってからな」
勇志はボールを抱えて片付けに向かう。ゴールネットは揺れたままだった。