及川に聞かれたことがある。何故サッカーを始めたか。特に問題のある話題でもない。純粋に聞きたかっただけなのだろう。ただ、どうしても気が引ける部分もあった。勇志について話すということは、チームメイトについても話さなければならないし、何より心亜について話す必要がある。及川は心亜について知らない。知っていたとしても、心亜が何をしてきたかまでは知らないだろう。
勇志の一件で、吏人は心亜に対して警戒心を強めるようになった。心を折る、心亜の専売特許だ。それで何人もの選手を潰してきた。心亜にはそれだけの実力がある。他者を潰して再起不能に出来る程の実力が。吏人はそれを受け入れられなかった。勇志の意志を引き継いでいるから。ただそれだけのこと。
「及川、お前はサッカーのどこに楽しみを見つけてる?」
「えっと、練習の成果を活かして勝つことかな」
「そっか」
「吏人君は?」
「……サッカーをしてるとな、景色が変わるんだ。見える世界が変わって、俺達だけの世界になる」
俺は『俺の世界』とは言わなかった。サッカーは一人でやるものじゃないと教わったからだ。みんなで創りあげていく、それがサッカーでありスポーツだと吏人は思っている。
「その世界が変わった瞬間を初めて知ったとき、サッカー無しではダメになっていた」
「吏人君の恩師は良い人だったんだね」
「あぁ、最高で最強だったよ」
あれから時は経った。勇志は今もサッカーを教えているだろうか。未来を創っていく勇志に、無性に会いたくなった。