「アレン君、お茶入ったよ」
「今行きます!」
新しい団服に身を包み、アレンは自室を出た。ドアの外には仏頂面をしたリンクの姿が。彼もエクソシストに似た服を着ていた。
「今までのも良いけど今の方がカッコイイですよ」
「まさか私がこの服を着るとは思いませんでした」
リンクの胸元にはエクソシスト補佐官のネームプレートがある。本来の役割は鴉としてアレン及び14番目の監視であったが、脅威は低いと見做されて監視の役から外れたのだ。それでも完全に安全とは言えない為、リンクは監視官から補佐官になった。
「リナリー・リーが待っていますよ」
「あっ、早く行かなきゃお菓子が……」
「お菓子は逃げません」
「ラビが食べちゃいますよ」
アレンは器用に階段の手すりに手を掛けると、それを支点に階段を乗り越えるように飛び降りた。エクソシストだからこその芸道ではあるが危険だ。足を骨折なんかしたらまさに馬鹿である。
「ウォーカー!!」
「平気だって!リンクも早く」
アレンが急かすように手を招いた。リンクは少しため息をつくとアレン同様階段を乗り越えた。アレンとは違い軽やかな動きは積まれた訓練を感じさせる。
「おぉ、リンクさすが!」
「全く……行きますよ」
リンクは早足で歩いてしまうので慌ててアレンは付いていく。教団内で迷うことはないが万が一の為だ。すれ違う人に律儀に挨拶を返しながら、アレン達は中庭に向かっていた。中庭ではリナリーが中国茶と和菓子を用意して待ってくれている。今日はラビの快気祝いである。ノアの「蝕」の攻撃を受けたラビは意識も戻らない程重傷だったが、エクソシスト達の甲斐あって動けるまでに回復していた。
神田はあの事件以来秘匿扱いである。アレンは未だに神田達を送った場所を言っていない。まさかマテールに彼等がいるとは教団の人間は思わないだろう。神田も見つからずイノセンスも再起不能と見做された。神田を縛るものは無くなった。アレンにはあの後の神田の生死は分からない。ただ何処かで生きていて欲しいと思っていた。
「アレン君!」
「遅れてゴメン、リナリー」
「ラビもう来るって」
机に並べられた和菓子は色鮮やかで食欲をそそられる。さらに中国茶の香りでアレンは限界だった。
「ラビまだですか?早く来ないと餓死しそう。早く来いよバカラビ」
「うわー酷い言われよう」
松葉杖を付いたラビが現れた。治療のせいか痩せてしまっていたが、元気そうである。トレードマークのバンダナは下ろして、院内服を着ていた。
「本当に重傷なんですね」
「アレン〜俺のこと心配してくれた?」
「まったく」
「アレン君照れ隠し?ラビの意識が戻らない間、毎日お見舞い行ってたじゃない」
「リナリー!!」
「あれ〜?アレンどういうことさ?」
「別に心配なんかしてませんでしたよ」
アレンは怒ったようにお茶に口をつける。そんな姿にラビは笑うと席についた。
「ユウがいれば完璧なんだけどな」
「アレン君は神田の居場所知ってるんだよね?」
「知ってますけど言えません。神田との約束ですから」
申し訳なさそうに笑うアレンに何も言えなくなってしまった。アレンはリナリーやラビ、コムイにも所在を明かさなかった。信頼していないわけではないが、これはアレンと神田の約束である。
「生きてますよ、きっと」
「まぁユウはそんな簡単に死なないさ」
「ラビと違ってね」
漏れ出る笑いに昔に戻った感覚を思い出す。エクソシストとして奔走した毎日、今という一時を惜しみなく過ごしてきた。みんなで笑っていられる、と叱咤して進んできた道のり。先は暗いかもしれない。それでも、やるべきことはまだある。
「アレン、ネアとはどうなんさ?」
「とりあえず良好ですよ。一時はいきなり意識乗っ取ったり色々されましたけど」
「14番目として君が疑われなくなったわけではないのですからね」
「うるさいなぁ」
「なぁなぁ、二重人格みたいな感じなんか?」
「まぁ気がついたら床に寝てたとかよくありました。記憶無いんですよね〜」
「ネアがアレン君を脅かすなら黙ってないからね」
「リナリー、イノセンス怖い」
中庭に強く風が吹き抜ける。お茶の中に花弁が一枚舞った。
「こんな時間が続けばいいのにね」
「戦いが終わればいくらでもお茶しましょう」
「俺も仲間入れてさ」
「私は中央庁に戻るので」
「お手紙書きますよ」
アレンは花弁を摘み取ると、流れていく風に乗せて遥か彼方まで行く花弁を見つめた。