過去2
生まれた時からお父さんはいなかった。けれど、僕にはお母さんがいたし、村の人たちもよくしてくれたので、そのことを寂しく感じたことはなかった。ただ、体の弱いお母さんが寝込む度に、父親という存在がなくとも、お母さんを守れるように早く大きくなりたかった。
苦しげに寝込むお母さんは、幼いながら懸命に看病する僕に、決まってこう言った。お兄ちゃんに似てあなたはいい子ね、と。
「ギル、あなたにはとっても強くて優しい自慢の兄がいるのよ」
そう言って僕の頬を撫でるお母さんは、額に汗を浮かべながら、それでもにっこりと微笑んでいた。
「あの子に似て、あなたの瞳は綺麗な海色ね」
「お兄ちゃんの眼も海の色なの?」
「そうよ、とっても綺麗で聡明な色。きっとあの人に似たのね」
お兄ちゃんの話をするお母さんは、どこか誇らしげで、そんな幸せそうなお母さんが見れるので、僕も"お兄ちゃん"の話が大好きだった。お母さんの話の中のお兄ちゃんは、強く優しい男で、僕の憧れだった。
「お兄ちゃんは今どこにいるの?どうしてお家にいないの?」
「お兄ちゃんはね、海の上にいるの。自分の信じたものを守るために、あの子は海に出たのよ」
「しんじたもの?」
「そうよ」
優しい手つきで髪を撫でられ、くあ、と小さな欠伸が出る。
「白ひげ様のような偉大な方にいつか出会えれば、ギルにもきっと分かるわ」
ぼんやりと霞んだ意識の中で、じゃぁお兄ちゃんは、お母さんよりも、しんじたものっていう方が大切だったのかな、と疑問に思った。
それから少ししてお母さんは天国に行ってしまった。僕にはよくわからなかったけど、天国に行ってしまった人とはもう2度と会えないと聞いて、涙が止まらなかった。
僕はまだ小さいから一緒に住もうと言ってくれた村長さんは、毎日泣いている僕のためにお母さんのお墓を作ってくれた。目には見えないけど、お母さんはずっとここから僕のことを見守っていてくれるから、毎日お花を持ってここに来ようね、と。
風に揺られる青い花を見つめる。お母さんが言っていた海の色。僕とお兄ちゃんの色。
唯一の家族だったお母さんはいなくなってしまった。お兄ちゃんはここにはいない。僕がもっと大きくなったら、この海を越えて会いに行けるだろうか。
すん、と鼻をすする。ここで泣いたらお母さんが心配してしまう。
「お母さん、今日ね、」
いつもの様にその日あったことを報告しようと顔を上げる。すると、十字架の向こうに見慣れない船がこちらに近付いて来ているのが見えた。もしかしたらお兄ちゃんが乗っている船かもしれない、と目を凝らしてみたが、船の帆に書かれているマークは白ひげさんのものではなかった。
「別の、海賊さん……?」
何故だか、背筋がゾッとする。
村長さんに知らせなきゃ、とその場を駆け出した。
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