高校は進学校でバイトが出来なかった。なので大学生になってから…バイト出来るようになったら一回は絶対やりたかったケーキ屋さん。だってこんな美味しそうなケーキに囲まれて仕事が出来るなんてすっごく幸せじゃん!
だから好きなケーキ屋さんもといカフェがバイト募集を出した時はこれはチャンスと思って履歴書を郵送するどころか直接持って行った。その時笑って「面白ぇやつ。お前採用な」と笑顔で採用の言葉を向けてくれたパティシエの丸井さんが最高にかっこよかったのが頭に残っていたりする。
ただ、やっぱり現実っていうのはそう簡単なものじゃなくて…
今、12月24日。えぇ、多分誰もが分かっているでしょう。ケーキを売る場所はこの時期くそ忙しいのは。しかも明日平日だから余計に今日忙しい。

「はーい、ではこちらご予約のガトーフレーズ二つです。ありがとう御座いましたー!」

分かってはいた。分かってはいたが…何、この人。まぁ丸井さんのとこのケーキはすっごく美味しいから人気があるのくらいは分かる。…私も毎年買ってたしさ…
ケーキの受け渡しのためのブースたるものはあるが、もう溢れる人が…ね。
当然だが今日はカフェは休業、丸井さんとこのクリスマスケーキは渡す前日の夜から手作りしているからもう厨房は死ぬほど忙しくなっている。正直今厨房には入りたくない。ただ、だから他のお店よりずっと美味しい。

「はい、ブッシュドノエルですね。引換券お持ちですか?少々お待ち下さい!」

あぁもう人が途切れない。大きな店じゃないから尚更混んでるのが否定出来ない。
でもまぁいい。これが終われば私も丸井さんのところのクリスマスケーキが食べられる。今年はひとりのクリスマスだけど奮発してチョコケーキ頼んだし…楽しみだなぁ…
忙しい人混み。それがちょっとだけ空いた時間。ちら、と厨房に目線を向ける。そこには真剣な表情でケーキを飾っている丸井さんがいた。
…やっぱりかっこいいなぁ丸井さん…うちの大学の男の子達よりずっとかっこいい。ただ、当然私より年上なんだけど笑った顔はすっごく可愛いとも思う。丸井さんのケーキ食べて、それを美味しいって言った時の丸井さんの顔は本当に…可愛いの一言。あんな顔されるなんて反則だと思う。
だから、初めてこのお店のケーキ食べた時に一目惚れしちゃったのは運命だと思う。
やっぱり素敵だな丸井さん…

「あの、すみません…」
「え…あぁすみません!」

うわ、ヤバい。丸井さんに見とれていた私。お客さんが来たの忘れてたようん…
一瞬丸井さんがこっちをチラッと見た気がしたが、今の状況は恥ずかしいので知らないフリをする事にした。

* * *

「っあー終わったーー!!」

その後、私は丸井さんに見とれる間もないくらい忙しかった。えぇ本当有り得ないくらい。
やっと終わってクローズの札を下げた時には私以外もぐったりして椅子に座っていた。いやホント立ちっぱ辛い。
一回伸びをしてからレジ締めをする。今日のレジ締めは私だから他の人は続々帰って行くのが見えた。勿論、ケーキを持ってる人もいる。あぁ今年のケーキも美味しそうだったからなぁ…楽しみ楽しみ。

「よっ、お疲れぃ!」
「わ、丸井さん!」

お金を数えていたらぽんと軽く肩を叩かれる。びっくりした…しかも声を掛けてくれたのが丸井さんだから尚びっくり。うわ、心臓ばくばくなんだけどどうしよう!

「お、お疲れ様です!」
「なんだお前ひとりかよ。薄情なやつばっかだなー」

丸井さんは周りを見渡し、私ひとりしかいない事に苦笑いを浮かべていた。まぁ仕方ない。皆様これから家に帰ってクリスマスとかひとことで片付けるとリア充とかいうやつで。…なんでこんな時のレジ締めにはっきり言って非リア充な私が当たるんだろうな…ため息出る、うん。

「丸井さん厨房の方は?」
「ん?あぁもう終わった。レジ締め手伝うぜぃ?」
「え、あ、ありがとうございます!」

なんて幸運。まさか………うん厨房誰もいない。まさか丸井さんとふたりきりになるなんて…!
だけど…ヤバい。丸井さんとふたりきりなんて思ったら正直今どきどきしてお金なんて数えてらんない。…結局何回も金額合わなくて丸井さんに数えて貰うとか有り得ない私…

「すみません本当に!」
「いいって。忙しかったから疲れたろい?気にすんなって」

ぽんぽんと頭に乗っかる手のひらがあったかくて、その重たさとか髪に触る感触にどきどきする。本当は顔を見てお礼が言いたいのに顔が見れない。こんな真っ赤な顔なんて見せられない。
あぁ、でも幸せ。クリスマスイヴに丸井さんとふたりきりの時間が出来るなんて…
だけどそんな時間はあっという間だ…レジ締めが終わると残ってる意味がもうないし…
それに…私が帰らないと…丸井さんだって帰れない…
私は丸井さん好きだけど…丸井さんはかっこいいから絶対彼女がいる。いるに…決まってる。このまま残りたい気持ちと帰らなきゃいけない気持ちが葛藤する。あ、そうだ私…

「そうだ!私クリスマスケーキ頼んだんですよ!早く帰ってた、食べないと!」

頼んだケーキを持って…寂しい我が家もとい我が部屋に…帰らないと。
だけとそれを口にしたら丸井さんの態度が急におかしくなる。え、なんで?

「あー…それなんだけどよぉ…」
「?」
「ケーキ、な…」
「はい?」
「ちょっと予定より多く出る事になってよい…」
「はぁ…」
「悪い!お前の分出しちまった!」
「あ、そうなん……
 えーーー!!!」

普通に流そうとした私に入った言葉は、なんとまぁ…ひとりな私に更に追い討ちをかける言葉…だった…
嘘でしょ!?な、なんで…
クリスマス、彼氏もいなくてバイトで最後まで残り、更にケーキも…ない…
何なんだろう、これ…大学初めてのクリスマス…イヴが…
両手を合わせて本気で申し訳なさそうにしている丸井さんを見て折れそうになるが、流石にお金払って買ったケーキがないなんて事実だといくら丸井さんでも許せない…
とりあえずそんな私の心情をある程度読んだのかお金は返すと言ってはくれたものの…この虚しくなった気持ちは収まってくれそうに、なくて…

「私の、ケーキ…」
「ほんっとに悪い!お詫びといっちゃなんだけどよ…」
「お詫びって…ケーキ…クリスマス…ケーキ…」

お詫びと言われても私のクリスマスケーキはないわけで…一気に気持ちが萎む。
そんな私の手を丸井さんは引いてくれはするが、気持ちはなんだか落ち込んでしまった…
…ん?手を、引いて?
あれ?丸井さん…

「あの…どこに…連れて…」

萎んだ私の手をいつの間にか引いて、気付いたら厨房の方にいた。暗い厨房に電気が点く。
綺麗に片付けられた厨房、だからかひとつ白い箱が置いてあるのはいやに目立って。
え、これ…なに?

「あの、丸井さんこれ…」
「開けてみろい」
「は…?」
「とーにーかーく、開けろって」
「…?」

…全く意味が分からない。だが箱を開けろと言われて箱に触れる。そっと手を持ち上げるとそれは予想通りぱかりと開いた。
開いた箱、中に入っていたのは…

「え、これ…」

開いた箱に入っていたのは、チョコレートコーティングされたケーキ。一瞬クリスマスケーキかと思いはしたが、よく見ればチョコレートの具合や飾り具合はクリスマスケーキとデザインが違っていた。
可愛いハートのチョコレートに、きらきらとした金色の粉、そして苺が乗ってるケーキ。え、これ…何…?

「ケーキ、無くなったお詫び」
「おわ…び…?
 え…これ…でも…」

こんなケーキ、お店に売ってない。お詫びって…
まさか、これ…丸井さん自分用に作ったんじゃ…だ、だったら納得だし…!
え、でもでも!そんなケーキ、貰えない!というか貰っちゃ駄目だよ私!

「だ、駄目ですよいくら私のケーキ駄目にしたからって自分用のケーキは駄目ですって!」
「いいから貰えって!」
「いやだから駄目ですよ!これ、丸井さんが…」

彼女のために、と続けたかったが、私はそれは口に出来なかった…
とにかく…丸井さんが自分のために作ったのは貰えない。それだけ言うと、大きくため息を吐いた丸井さんはケーキを切った。え、何故切る!?

「ちょ、何してるんですか!?」

全く意味が分からない。少しだけ切り出されたケーキは皿に乗せられ、フォークと共に私に渡された。
…すみません本当に意味が分からない…

「これ…」
「食ってみろい。因みにでももなにも受け付けねぇ。お前は食うしか選択肢ねぇから」

そんな横暴な。しかしそんな事を言われると私は食べるしかない。複雑、非常に複雑だが…渡されたケーキを一口食べてみた。

「…あ…美味しい…」

口に広がるチョコレートの甘味が一気に気分を明るくさせた気がした。ふわふわのスポンジ、間に挟まったのは苺とブルーベリー、それにラズベリーのベリーソース。上に乗っている苺と相まって、不覚にもあれだけ拒んでいたのに食べたら頬が緩んでしまった。何だろうこの私の好きなものオンパレードケーキは。

「すっごく美味しいです。チョコに苺にブルーベリー…幸せ…」
「やっぱお前はそういう表情をしてるのがいいな。作ったかいあるってもんだぜ」
「あ、ありがとうございます。でも…良いんですか…?」
「?
 何が?」
「だってこれ…」

こんな気合いの入ったケーキ、絶対彼女のため以外有り得ないんじゃないかと思う。ソースといい飾りといいなんていうかもう全て…全てが凝っているのだ…こんなケーキ、私が食べて良かったんだろうか…?
美味しい、とっても美味しいんだけど…何だか胸が痛くなってきてしまった。

「…彼女に…作ったんじゃ…ないんですか?」
「は?…あーだからかお前の態度変だったのは」

何だか私達すれ違ってたみたいだがようやく何かが繋がった感があった。しかしあったイコール解決ではない。
本当に、良かったんだろうか…?

「良いんだよ。むしろ……お前に食べて貰えねぇ方が困る」
「な、なんでですか?」
「…そ、そんなんお前のためだからに決まってるだろい!」
「…は…!?」

頭が混乱する。そして頬に熱が集まる。きっと私の顔は真っ赤。でも、丸井さんの顔も真っ赤だった。



(君にあげたい、この一口を)


その後、実は今日のレジ締めが私になったのも私のケーキが売られたのも今このためだと聞いて更に私の顔は真っ赤になった。

去年のクリスマスも終わってないのに何かが光臨して書いてしまいやした。こちらクリスマスっちゃクリスマスですが、設定が仲良くして下さる方の状況と被るのでいっそのことと思って捧げさせて頂きました。

いつも貰って下さりありがとうございます!

2012.12.27.Thu
kirika@No more
章夜さんに捧げもの。

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