どこが意識したくなる要素か、と聞かれたら困ってしまう。ただ初めて彼女を目にした時から目が離せなくなってしまっていた、が正しい。
彼女との出会いは偶然。しかしながら彼女の視界に俺は入っていないから出会いというには些かおかしい気がするが…そこはまぁ良い。ただあの賑やかな空間でひとりだけ違う空気を纏っていたのを本当にたまたま見かけただけなのだ。しかしつり上がった目や眉、そしてぴくりとも変わらない悪く言えば無表情にも近い顔は何かそそられてしまう感じがあり、それは読めなさ過ぎて逆に彼女に入り込みたくなる衝動を覚えた。こんな子が四天宝寺にいたという事実に興味深いと震えてくるが、そこは自分の出席率の低さをほんの少しだけだが呪ってみた。目にはついたものの、学校に大して行ってないせいで彼女の学年も名前も何もかも分からなくて探しようがない。聞こうにも正直彼女にはこれといった特徴たるものがない気がする。
だが彼女の正体を掴むのは意外と簡単だった。

『無表情の黒髪の子…その子背ぇ高いん?』
『高いかどうかは知らんとよ。ばってん、財前みたいな雰囲気の子とよ』
『まぁ千歳からしたら小さいか。せやけど、多分それ若紫さんやな。最近ウチんクラスに転校してきた子や』

偶然は偶然、彼女は白石のクラスに最近転校してきたばかりの転校生だった。更にどんな子か聞いてみれば益々興味を惹かれてしまった。
だからどこが意識する要素かと聞かれると答えられない。多分その答えられない要素が彼女に惹きつけられてしまう要素だ、絶対に。

それから暇さえあれば彼女の行動を追っていた。ストーカーと言われてしまえばそれまでだったが、そんな行動をしてしまうほど彼女は興味深かった。
見ていて分かったが、彼女は大体というかほぼこの四天宝寺にいる時間をひとりで過ごしていた。面白いギャグをやっていたところで全く表情が変わらないどころか視線すら向けず、ただ淡々と時間を過ごしていた。白石は財前と似ていると言ったが、これは財前より酷い。
三年だから部活は無理に入らなくても良いとでも言われたのか彼女は授業が終わるとさっさと帰っていた。それこそ誰に合わせる事も何もなく自然に。そんな彼女だからクラスからは当然浮いたような存在になりはしているが、それすら彼女にとってはどうでも良さそうに見えた。そして自然に群れに加わろうとしない彼女をまた目で追う、自分。
…この感情は一体何かは分からない。分からないが、とにかく彼女の奥に手を伸ばしたくなるしその固まったような表情を崩してみたい衝動にも駆られていた。

そんな時、チャンスが巡ってきた。
たまたま昼寝がしたくなって裏山に向かった日、俺の視線の先に彼女が座っていた。彼女が色んな意味で気になる自分はこのきっかけを逃す訳にいかない。
じっと自分の事を見る彼女の視線に、俺の方も彼女を堂々とじっと見る。白石が背が高いと言っていたが、確かにクラスの女子より頭の位置が高い。下手をすればそれこそ何度も比べる対象にして悪い気もしたが財前と同じくらい…いや、もしかしたら財前よりも大きいかも知れない。そんなくらい背が高かった。
彼女は自分が何を見ているのか気付いているだろうか?とにかく、まだ彼女と時間を過ごしたいので無難な事を投げかけて近くに寄ると、彼女は面白いくらいに眉間に皺を寄せた。ただ、この変化は恐らく微妙なものだろう。眉間の皺以外は何ひとつ変わる事がない。きっと彼女すら自分の変化を分かっていないはずだ、そんな確信に近いものがあった。
彼女から口は開かない。横にいるのに明らかな不快を感じているようだが、だからといって俺をはねのける理由が思い付かないのか結局は俺を隣りに置いたまま昼食を食べ出した。じっと見ていれば眉間の皺が消えていて戻る無表情。あぁ彼女は結局自分にさしたる興味がないと気付くと、それに比例したのか俺の興味は益々高まった。よく、逃げるものを追い掛けたくなるとは言うが、まさにそれ。逃げている彼女を追い掛けたくなってしまった。
大した時間ではないが、見ていて気付く事もある。例えば彼女の口元に黒子があるだとかじっと見れば綺麗な顔をしているだとか、ひとりでいるのを好むだとか色々。たまに俺の方を見て俺と目が合うと居心地が悪そうにするのも何だか面白い。

「名前、何て言うと?」
「はい?」

無言の空間のまま彼女と過ごすのも悪くはないが、何か俺に向けた情報が欲しい。そう思い、白石の口から分かった彼女の情報を聞いてみた。彼女が発した、彼女が俺に向けた情報が欲しかった。

「…若紫、緋奈…」

最低限の情報だった。だけどそれが彼女の口から聞けたという事実がこれほど自分を高揚させるのは思ってみなかった。

「若紫さんたいね」

そして会話は終わる。俺が自分の情報を発しないのはわざとだ。彼女から俺の事を知りたく思って発するまで、言わない。

居心地が悪く感じたのか彼女…あぁ名前聞いたから若紫さん。若紫さんは何も言わずにその場を立ち去っていった。


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