「すいませーーーーーん」
深夜0時を過ぎた頃シャワーを浴びて出たところにそんな声が1LDKの部屋に響いた。
誰だ…こんな遅くに。
仕事の後の飲み会に久し振りに参加したらついさっきまで付き合わされた。
これだから行きたくなかったのだが、後輩があんなにも必死に誘ってくるものだから、と、思い参加したのが間違いだった。
おかげで帰るのも11時過ぎになったのだ。
薄い玄関のドアの向こうから聞こえて来たのは若者の声。
普段だったら無視をしているところなのだが、その日は何故か違った。
がちゃり
「…はい、」
まだ乾かしていない髪をそのままにドアを開けるとそこには、予想通りに若い高校生と思われる男が3人。真ん中で肩を持たれている男はどうやら意識がないようだ。
「ぅわ、めっちゃイケメンじゃん!」
「すっげーー!玲こんな父さんいんのかよ、羨ましいなー!」
「…は?」
両側の二人が送る無粋な視線に眉間に皺がよる。
「なんか玲珍しく潰れちゃって、だから俺たちが送って来たんすよ、な。」
「おう。じゃあ、玲のことよろしくお願いします!」
「おやすみなさいー!!」
そう言い残し、意識の無い男を俺に押し付けバタバタと走り去っていく男達。
「…おい、俺に息子はいないぞ…」
さて、どうしたものか。
ぐったりとほのかに酒の匂いを漂わせたそいつは残念ながら俺には見覚えがあった。
隣の部屋に住む、荻窪さんちの息子だ。
確か親子3人で少し前にここに引っ越してきたはず。
挨拶をしにきた母らしい女性がかなり若くて驚いたのを覚えている。
身元が分かったことだし、さっさと起きて帰ってもらおう。
胸にもたれかかるようして眠るそいつをリビングまで運んだ。
「おい、起きろ。おい、」
軽く頬を叩きながら呼びかけてみるが全く起きる気配がない。
「綺麗な顔してんな…」
高校生にしては綺麗な顔をしている。
半分大人ってやつか。
肌も綺麗だし、まつげ長っ。
寝ているそいつは何処か日本人離れしていて、不思議と目が離せなかった。
「んっ…ぁ、あぇ?ここどこぉ?」
少し高めな寝起きの声。
開いた目はほんのり茶色だった。
「隣の部屋に住んでる、草壁です。どうやらお友達が君の家勘違いしちゃったみたいで、うちに連れて来たんだよ。」
「…んー、喉乾いたぁ…」
人の話聞けよ!!!!
…危ない危ない。高校生相手にキレるところだった。
お隣さんだし、トラブルはごめんだ。
「…はい、水」
「ありがとぉございます、…んく、んっ、ぷはっー」
子供みたいにコップを両手で持ち、ごくごくと美味しそうに水を飲む姿がなんとも庇護欲をくすぐる。
「草壁さん、こんばんわ」
は?
こいつアホだな。
「こんばんわ、大丈夫?話せる?」
ここは大人の余裕を見せるところだな。
「はぁい」
そう言ってぴょんと正座に座り直した目の前の男、お隣の荻窪さんちの息子はアホそうだが、礼儀はいいらしい。
「…なるほどぉ、じゃあ俺家帰んなきゃだめ?」
先程無視された話をもう一度話した。
ふんふん、と大人しく話を聞いていたのだが最後にちょっとよくわからない言葉が…
「おにぃさんのとこで寝ちゃ、だめ?」
「…っ、」
いや、俺は断じて可愛いとか思ってないからな、高校生相手にキュンとしたりしてないからな。
この様子じゃ家に帰りたくない理由とかがあるんだろう。
酒で潰れるほどの何かがあったのだろう。
「家に、帰りたくない、のか…?」
「…んー、家帰っても独りなんだもん。」
もん、って。こいつ本当に高校生か…?
口調もさっきからふわふわ、ゆるゆるしてるし。
「でも、うちはせまいし、客用の布団も無いし、帰った方がいいんしゃないか?」
「いい、それでもいいから、狭くっても俺大丈夫だから、」
先程と様子が少し違った。
すがるような、懇願するような。
今日の俺は相当おかしいらしい。普段だったらこんなん門前払いだ。
結局俺はそいつを泊めた。
何時も通りの時間に目が覚めた。
少し余裕を持って5時。本当はもう少し遅くてもいいけど、朝は何があるか分からないから。中学の頃からの習慣になっている。
昨日、結局お隣の荻窪さんちの息子を泊めた。
一応客だからと布団を譲ったのだが向こうがいらないいらないとかたくなで、最終的に俺が布団。向こうがクッションを枕に床に寝転がった。
もう春も終わりでこれから梅雨。寒くなくてよかった。
布団から上体を起こし隣に寝ているはずの荻窪さんちの息子を見やる。
「…なんだ、あいつ。」
そこにはクッションとその上に紙切れが一つ。
『泊めてくれてありがとございます。このご恩は一生忘れません。お礼を必ずします。荻窪 玲より。』
繊細な字を書くのだな、と思った。