「おかえりなさぁい」
「…ただいま」
「はい、これ言ってた材料。これで良かったか?」
「んー、おっけぃ!新鮮なものばっかり!草壁さん見る目あるねぇ!」
買ってきた食材の入ったビニール袋の中を取り出しながら笑顔で鮮度を確かめている。
なんだこの夫婦のような会話…
いや、気にしては駄目だ。
一人暮らしが長いし、母親にこういった知識は叩き込まれていたのでいいものを選ぶのは難しくない。
玲はどこから持ち出したのかチェックのエプロンを取り出し、下ごしらえを始めた。
見ているのも邪魔だろうと思いキッチンから出てスーツを脱いでハンガーにかける。
「わぁっ!!」
背後から玲の悲鳴が突然聞こえてきて思わず履こうとしていたスウェットを落としてしまった。
キッチンの方を振り返れば何故か顔を真っ赤にした玲。
「どうかしたか?」
「ななな、なんでもないですっっ」
「…そうか、何か手伝おうか?」
落としたスウェットを履き終え、手持ち無沙汰になり、玲に聞いてみた。
すると玲は真っ青な顔で「めめ、滅相もないです!!!」と言った。
赤くなったり、青くなったり忙しいやつだな。
まぁ、そう言うならいいか。
俺は新聞を読み待つことにした。
「できましたぁ」
それから数十分もすると狭い部屋にいい匂いが蔓延し始めた。
新聞を読むのをやめるといつの間に運んだのか狭いテーブルの上に料理が並んでいた。
う、うまそう…
「今日は、豚の生姜焼きと、かぼちゃの煮物、ほうれん草のおひたしと、大根のお味噌汁です!」
なんだこの素晴らしくバランスの取れた食事は…最近の高校生はこん家庭料理をつくるのか?
こいつの料理を見るのは2回目だがまだ驚きが隠せない。
「きっ、嫌いなものあった…?」
向かい側に座った玲がそう心配そうに尋ねてくる。
「いや、俺は嫌いなものはない。」
そんなことよりも早く食べたい。
年甲斐もなくそんなことを思った。
「良かったぁ、じゃぁ、いただきます。」
「いただきます」
今気づいたが、これってかなりおかしな状況だよな。
35歳のおっさんと高校生って。
犯罪…い、いやいや、これはご近所付き合いの一環。
それはいいとして、高校生となんてなに話すんだ?
あいにく若者の流行とか疎いし、気の利いた話なんてー
「草壁さんって、お仕事何してるんですか?」
「…ぁ、えっと、普通のサラリーマンだよ」
「サラリーマンかぁ!スーツって凄く憧れますー!」
「あぁ、スーツか、結構手入れとか大変だし、そんないいもんでもないよ」
なんて平和な話なんだ。
こんな内容が空っぽな会話をしたのは久し振りだな。
「…。草壁さん」
「ん?」
ほかほかと笑顔で話していた玲の顔が急に曇る。
「喋り方…なんか違う。」
「!!」
「もっと普通に喋って…お願い」
他人行儀な話し方を指摘された。俺は基本口癖が悪い。よく顔とのギャップが酷いと新崎にからかわれたもんだ。
こいつは年下だし、お隣さんの息子さんだし、優しい大人の男を演じてみたのだが、気に入らなかったらしい。
お願いって…どこぞの美女に言われたらどんな男でも言うことを聞いてしまいそうなものだが…こいつは男だ。
「…ぃ」
「ん?」
「ずるい〜〜〜!!!!!」
「なっ!おまっ、声でかい!!」
急にでかい声をあげ、駄々をこねるように頭をブンブンと振りながら泣きはじめた。
どうしていいかわからず、とりあえず箸をおく。
「俺知ってるもん!草壁さんが茶髪のスーツの人罵ってたの見たもん!!」
茶髪のスーツ?…新崎の事か?
あいつはよくウチに酒飲みに来るからその時か。
ずるいって、こいつ俺に罵って欲しいのか…?
「敬語とか、やなの。俺もっと草壁さんと仲良くなりたい」
若干涙目でそう言う玲。
固く結ばれた唇は桃色で自然とゴクリと唾を飲んでしまう。
「分かった。これからは敬語なしな」
俺がそう言うとぱぁっと花を咲かせたような笑顔で顔を上げる玲。
かわいいとか思ってないから。
■あふたー
「よっ、あれからどう?お隣の息子さんは」
「新崎か…色々あってな一週間晩飯作ってくれるらしい。」
会社での昼休み、何時ものようにひょっこりと出てきた新崎。
今までのいきさつを話してやる。
「…ふぅん。玲くんねぇ。」
何やら怪しい笑みを作った新崎。
…嫌な予感しかしない。
「玲くんにさ、俺にも作ってって言っといて。えーと、今日は用事あるから、明日。明日お前んち行くから。」
「はぁ??何言って…っておい!」
ひらひらと手を振り背を向けて歩き出してしまった新崎。
まぁ、玲の飯美味いし、新崎にも味わってもらいたいし、いい機会、って事になるかな。
これが新たな波乱の幕開けだと言うことを草壁はまだ知らない。