「ふはーっいい湯だなっあははん!」

白く濁った湯船に浸かる玲。頭にタオルまで乗せて楽しそうだ。
自分も久しぶりの温泉の為気持ちがいい。今度はいつ来られるかわからない。…いや、できることなら来たいものだが。

そうして玲の隣に座って湯を楽しんでいると何やら視線を感じた。

「どうした?」

思わず首をかしげると玲がすすっとそばに寄ってきた。そして何をするのかと思えば俺の鎖骨あたりに顔を近づけてきた。

「れ、玲?」

かなりの至近距離だ。というか、何をしてるんだ。

「ねぇ、草壁さんの匂いって香水とかシャンプーとかの匂いじゃないんだね。俺この匂い好きー。」

そう言ってスンスン匂いを嗅ぎだす玲。

行動が突発的過ぎてついていけん。

匂いについては自覚済みだ。昔から何故か体からほのかにムスクの香りがする。らしい。自分で嗅いでも良くわからない。でも昔付き合っていた彼女や親に言われた経験がある。

「そりゃ良かった。」

とりあえず、少し離れようか。







風呂から上がった俺たちは浴衣を着て旅館の廊下を歩いていた。

あの後、玲の奇行は他の客が風呂場に入ってきてしまったところで強制終了させた。

部屋へ戻る道中、中庭へと出ることができる道があったので玲と寄ってみることにした。中庭は日本庭園といった感じで、庭の真ん中には大きな池があり、色とりどりの鯉が悠々と泳いでいた。

「あ!あの鯉金色だ!あっちは真っ白!!すごいなぁ」

「そうだな、どれもでかいし、綺麗だ。」

玲は池にかかった橋の上にしゃがみ込み、じっと鯉を見ている。俺は手持無沙汰に周りに植わっている木々などを見ていると、玲がぽつりと何かを言っていたようだが、うまく聞き取ることができなかった。

何を言ったのか問おうと思ったが、玲が立ち上がりそろそろ部屋に戻ろうというのでそうすることにした。

――「このくらい綺麗だったら、皆、見てくれるね。」

この一泊二日の旅行は観光などが目的ではない。

玲と一緒にいる時間を設けるためと、玲の心が落ち着けるのが目的だ。今の所玲はずっと笑顔で旅館をたのしんでいる。

今は夕食の時間で、俺達の前には船盛がドンと置かれている。ちなみに部屋で食事をとれるようにしておいた。

「ふ、船盛…俺、初めてかも。」

玲が船盛を前に唖然とした風に言う。

「玲の船盛初挑戦に立ち会うことができるなんて光栄だ。ほら、好きなの取っていけ。」

「草壁さんありがとぅ!!えーと、俺、甘海老好きー!草壁さんは何が好き?」

「俺は…鯛だな。」

「おっけい!鯛、た、い、っと!はい!あーん!」

何やら急にテンションがあがったらしい玲はノリノリである。俺もそんな玲を見るのが嬉しかったので、口を開けて玲の箸にある鯛の刺身を食べた。うん、うまい。

玲の方をちらりと見ると顔が真っ赤になっていた。今日結構この顔見てるぞ。

自分でやって恥ずかしくなったのだろうか。

「ほ、本当にやってくれるとは思ってなかった…。」

「まぁな。今日は玲の言うことなんでも聞いてやるよ。」

玲が楽しんでくれるための旅行なんだからな。

「えっ!いいの!?本当に??」

「あぁ。」

「俺、すごいこと言っちゃうかもしれないよ!」

「ははっすごいことってなんだよ」

「え、それは…き…」

「き?」

「き……きっ、きなこアイス食べたいとか!!!」

「…。別に良いぞ?…あ、506の草壁ですが、きなこアイスよろしくお願いします。…はい。…すぐ来るってよ。」

「あ、あぅ、…ありがと……」

「?」

すごいこととか言うからなんだか少し身構えたけど、きなこアイス食べたいとかちょっと拍子抜けした。キスとかそういうの期待してた自分がいるのは置いておこう。




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