玲の泣き声がすすり泣きに変わる頃、俺の頭には一つの選択肢が存在感を露わにしていた。
「玲?話せるか?」
胸に凭れかかる玲に問いかける。
「うん…」
玲は少し体を起こし、顔を上げた。
うっ、その顔はやばいだろ…
泣き腫らして赤い目はまだうるうるとして、頬はほのかに赤くて、耐えるように結ばれた唇も凄く煽情的だ。
「?…くさかべさん?」
「…いや、なんでもない。あのな、玲。」
俺は玲に話し始めた。
お前のお母さんのしていることは立派な虐待だという事。玲の事を置いてここを離れるつもりだという事。
玲はただじっと俺の顔を見ている。でもその目は不安と絶望に染まりきっていた。
もう、終わりだと
自分に納得させているかのように。
でも、俺がそうはさせない。
「玲、家を出て俺のとこに来ないか?」
これが俺の考えた選択肢。
一週間も一緒にいなかったが、情が移るには十分だった。
…いや、情なんかじゃない。
「…え?…草壁さん…」
玲は信じられないような目で俺を見る。それもそうだろう。最初こそ玲の強引な押しかけから始まったんだ。玲の中では俺は嫌々玲に付き合ってるだけに見えるだろう。
「まだ、約束まで2日あるだろ?…だから月曜日の朝に返事を聞かせてくれればいい。」
俺がもう嫌々ではない事に気付かせれば良い。
胸のシャツを握る力が強くなる。
下を向いてしまった玲の表情は分からないが、すぐに拒絶されなかったことに安堵を覚えた。
「じゃあ、食べるか!」
「たべ、る?」
俺の顔を見上げて心底不思議そうな玲をよそに、俺はお母さんのためのものであろう箸を使い料理に手を伸ばした。
「ま、まままって!もうそれ冷たいからっ…」
もたれていた体を起こし俺の箸を取り上げようとしたので、両手を一つにまとめあげる。
「どれどれ…ん、……うまいぞ」
口に入れた料理はやっぱり冷たかった。玲はどれだけこの料理に母親が手を付けるのを待っていただろうか。
冷めても美味しいロールキャベツ。
玲は誰の為に料理を覚えたんだろう。
「くさかべさぁぁん…」
「ほら、玲も食え。」
両手をまとめられてしまった玲は力なく視線を寄越す。俺は一口サイズにロールキャベツを切り、玲の口元へ運び、唇へ無理矢理押し付けた。
それに観念したのか玲はおずおずと口を開いき、口に入れた。顔が真っ赤だ。
「ん…冷たい。」
「でも美味しいだろ?」
「うん…」
小さな声で「でも冷たい」と言った玲がふわりと笑う。
いつもの間抜けな笑顔じゃなくて、うっすらと目に張る涙のせいか、儚く、消えてしまいそうな気がした。
「ずっとお前の料理を食べていたいんだ。」
こうして言葉で表すと玲はすぐ反応するから面白い。
赤かった顔をさらに赤くし、パクパクと口を動かす玲。
思えばまだ俺と玲は密着状態だ。
う〜ん。可愛い。
いつから俺は男子高校生を可愛いと思うような大人になったのだろうか。
いや、でも元宮はちっとも可愛くなかったから、玲限定だ。
「草壁さん今日ちょっと甘過ぎ…おれ、おかしくなりそ…」
そうだな。こんな玲を可愛いと思ってしまうんだ。…愛しいとも。
「おかしくなれよ。」
俺みたいに。
お前のせいでだいぶおかしくなったんだぞ。
年下のうえに、男かよ。
もう、俺の答えは決まってる。
月曜日、玲の返事を聞くとき。
昨日の夜の返事をしよう。