今日は金曜日。
玲が恩返しを始めたのが月曜だったから、もう5日目だ。
昨日はあの後結局俺までリビングで寝てしまい、朝起きたらみんなで雑魚寝状態だった。
俺と新崎は仕事があるため、玲に戸締り諸々を頼み2人で家を出た。
会って5日そこらで戸締りを頼むって普通じゃないよな。まぁ、玲ちょっとお馬鹿だからきっとそんな悪どいこと考えないだろう。

そんなことより、だ。

『くさかべさ、ん。ほんとのほんとに、好きだか…ら、ね?…』

「あぁ〜〜っ!」

だめだ。あれを思い出すと体がむず痒くなってくる!

俺はデスクに肘をつき頭を抱える。

ほんとのほんとってなんだよ。あれは酔って出た戯言だろ?…そうじゃなきゃ困る。玲は確かに可愛いけど、俺はゲイじゃないし、玲だってきっとそうだろう。

それに、あと2日じゃないか。

会わなくなってみれば玲も俺の事なんかすぐ忘れる。

あぁ。そうだ、今日も家へ帰れば玲が待ってる。この歳にもなってどんな顔して会えばいいのかなんて、俺どうしたんだよ。

「はぁ…」

…そんな悩める草壁を心配そうに見つめる同僚達であった。




俺は今、自分の家の前にいる。
もう、ここに立って2分が経過したが、未だにどんな顔で玲に会えば良いか分からない。


そろそろ腹も減ったし、このドアの向こうに玲の作ったおいしい料理があると思うとさっさと開けてしまって、この空腹を満たしたい。

でも、気まずい…新崎とか連れてきた方がよかったか?

えぇい!酔って言った戯言と信じるしか道はない!どうにでもなれ!

―ガチャ

「え?」

「あれ?草壁さん。お帰りなさい!」

ノブを引こうとしたら、中から玲が出てきた。

「あぁ…どこか行くのか?」

どうやら俺の迎えとかではなさそうだ。自分のローファーを履いていた。

「えっと、実は今日、家族でご飯食べることになって…、ご飯は作ってありますからっ!ごめんなさいっ」

「ちょ、玲?」

唖然としているうちに玲は俺の部屋の玄関から出て、隣の自分の部屋に入って行ってしまった。
俺は玄関の扉を閉め、靴を脱ぎ、リビングへと向かった。

リビングにはローテブルの上にいい匂いがするごはん。今日はホイコーロらしい。旨そうだ。

ジャケットを脱ぎ、ネクタイをゆるめながら座り、いただきます、と手を合わせる。

モグモグと食べ進めていると自分の咀嚼音が部屋にやけに響いて、気に障った。時計の音も、炊飯器の保温の音さえ聞こえてきた。

玲がいないとこんなに静かだったのか。
玲はずっとしゃべり続けるから音のない空間になることはまずない。

なんか拍子抜けしたなー。どうゆう顔すればいいんだとか悩んでたけど、顔を合わせたのなんてほんの数秒だった。
これはこれでなんか、あれだな。

「はぁ」

食べ終わったらいつも何してたっけ。玲がいた時はいつも変なもの持って来たり(変な味のサイダーだったり、駄菓子屋で売っているような紙風船だとか)玲はが少し興奮ぎみに質問してきたり。気付いたら玲が帰る時間になってて、あぁ、もうか。ってい思っていた気がする。
俺も随分ほだされてんな。

ちらりと時計を見やる。まだ9時だ。
…コンビニでも行ってくるか。
最近めっきり行かなくなっていたコンビニへと行く準備をする。スーツは脱いで、簡単な外にも出られる程度の部屋着を着て、財布をポケットにつっこみ玄関を出た。

―ガチャ
―ガチャ

ん?

「こんばんは」

俺にそう言ってきたのは荻窪さんだった。玲のお母さんにあたる人だろうか。凛としていて綺麗だ。あまり玲には似ていない。
玲以外の荻窪家を見るのは久しぶりだ。多分、引っ越しのあいさつにやってきた時以来。あの時は旦那もいたな。

「こんばんは。お出かけですか?」

玲が俺の家を出て行ったのが八時頃だ。今からどこかへ行くのか?
俺はこの質問をすることで真実を知ることになってしまう。
そうとは知らず、訪ねた。

「はい、仕事へ…」

「あぁそうなんですか…お忙しいんですね」

「いえ、そんな」

軽く世辞ごとを話す。
玲のお母さんは上品に微笑み話していた。

「あっと、すいません。お仕事なのに立ち話なんて…」

「いいえ、いいんですよ。荷物を取りに帰って来ただけですので。」

「あ、そうなんですか」

「はい、私看護師をしておりまして…職場がここらからは遠いので近くにホテルをとってるんですよ。」

え?

「なのでそろそろ引っ越そうと思ってるんです。」

待て。

「えっと…じゃあ息子さん家事もやって凄いですね…」

俺がそう言った瞬間玲のお母さんから笑みが消えた。
だが、すぐに戻り。

「うちに息子なんていませんけど…?」

その瞬間俺の頭の中に玲と出会ってからの映像が流れた。酔っ払い、友達に抱えられうちに来た玲、置き手紙の繊細な字、お袋の味がする料理、アホみたいに笑う玲、名前で呼んで欲しいと泣き叫んだ玲、酔っ払って俺に好きと言った玲。

嘘だ。だっていつも隣の部屋に帰って行った。鍵を使って入るから親はいつ帰ってきているんだろうといつも考えていた。

落ち着け、俺。

「そう、でしたか…すみません失礼を…」

「いえ、良いんですよ。…ではまた」

「はい、」

カツカツと高いヒールを響かせ俺の前から立ち去っていく。

予定変更だ。

俺は踵を返し隣の部屋へと向かった。







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