俺の声は彼のもの | ナノ

5

ーじゅる、ぢゅ、

「ひっ、ぁ…きょ、や?」

音が鳴るたび肩がはねる。
吸われている指はじん、と麻痺したようになっていく。

もともと大した切り傷では無かったため血はすぐに出なくなった。

響也は俺の指から口を話すとおもむろに立ち上がった。

「今日は用があるから寝れない。日和は一人で寝てて。」

「響也?」

こちらを振り返りもせず響也は話す。

「ガラスは明日の朝片付けるからそのままにしておいて」

ーバタン

俺は一人、ガラスの破片が散らばるキッチンで座り込んでいた。

(血…止まってる…手当してくれた、だけ?)

そう思うには何か様子がおかしかった。
その時はこれが地獄の始まりだなんて思いもしていなかった。





あの夜から、響也が昼間も家にいないことが多くなった。

「んっ……、いない、」

今日も1人の朝だ。
そろりとベッドから降り、部屋を出る。
前までは響也がいない時は一人で部屋の外にあまり出るなと言われていたが、響也がいない今、一人じゃなにも出来ないため自分から行動するしかない。

「す、…すいません、あの、ご飯…」

いつもは響也が朝ご飯を部下の人達に持って来させるため、俺は一人で部屋で朝の、のんびりタイムを過ごすだけだったが、自分でいいに行かなくては朝ごはんにありつけない。

廊下で前から歩いてくる黒いスーツを着た若い男の人に声をかける。が、無視。

な、なんだよ…。

いつも一度ではいかないので、こんなんじゃへこたれない。

さらに廊下を進み、階段を降りていく。

きょろきょろと視線を彷徨わせながら廊下を歩くといいにおいがしてきた。
リビングからだった。

俺は早足でドアに駆けより扉をあけた。

リビングには中央に長く、大きなテーブルがあって、そこに男の人が数人談笑しながら朝ご飯を食べていた。しかし、それは俺が部屋に入った途端消え、鋭い目が俺を射抜いていた。

「あの…ご飯…」

少し怖いけど、この人たちは睨んできたり、無視はされるけど決して手などはあげたりはしなかった。

視線が痛い。

「ーっち、おい、持ってきてやれ」

ひときわ体の大きな男の人がそう言うとキッチンからトレーにのった朝ごはんが出てきた。
それはまだ湯気がたっていてとてもいいにおいがした。いつも誰が作っているんだろう。

「それ持って上で食え」

「っあ、ありがとう!」




自分の部屋、もとい響也の部屋へ戻り箸を取る。
待ちに待った朝ごはんだけど、一人で食べると全然味がしなくって、食べる速度がいつもの倍くらいかかる。

響也がいた時はおしゃべりしながらだったから時間なんて早くすぎたのに。

俺、なんかしちゃったかなぁ?




in living.

「おい、響也さんはまだ戻ってこないのか」

「知らねぇよ…」

「あのガキが来てからだろ」

「だよな、響也さん荒れてた。」

「アレも口にしてないみたいだし」

「ガキに手ぇ出すなとか、響也さんらしくねぇっよ。…しかもあんな捨て子」

「やっとダムの方も上手くいったんだ。どうにかして響也さんに元に戻ってもらわねぇと」

「あ、いいこと思いついた」


…end.



今日も1人の退屈な1日が終わろうとしていた。

部屋の電気を落とし、掛け布団をかけ、天井を見つめる。

この時間に帰ってこないということは今日はもう帰って来ないのだろう。
また明日も退屈な1日になるのか。

俺は急に寝ることが嫌になった。

でも、この時寝ていれば、何かが変わっていたのかもしれない。



ーガチャ

「っ!」

部屋に誰かが入ってくる。

響也だ。

本当は飛びつきたい気持ちでいっぱいだったけど、沢山待ったんだ。驚かしてやろう。

布団へ戻り、目を瞑る。

こつ、こつ。

足音が俺の寝ているベッドの横で止まった。

あぁ、響也だ。久しぶりに響也と一緒に眠れる…!

心を躍らせ眼を開けた先にあったのは銀色に光るナイフだった。

ーグサッ

「っ!!」

咄嗟に横にずれ、ナイフは俺の肩があった位置へと深く刺さった。

ナイフから腕へ、肩へ視線をめぐらせ、顔を見た。響也じゃなかった。

「だ、だれ…っ!!」

誰だと言い終える前に再びナイフがこちらへ向かってくる。

慌ててベッドから降りるがナイフが手首をかすった。

ナイフを持つそいつは背が高くて、がっしりした男だった。
薄暗闇ではしっかりと顔の確認が出来ない。


男と十分な距離を取る。この時ばかりは部屋が無駄に広いのに感謝した。

そんな俺のを一瞥すると、男は部屋の入り口に向かって「こい!」と言った。

部屋に数人の男達が入ってきた。
どうやら仲間を呼ばれたらしい。どの男もみんなガタイが良い。

「ーひっ」

最初に入ってきた男がこちらへ一歩踏み出した時、外から漏れる僅かな月明かりに照らされ、顔が見えた。

…今日、朝ごはんをくれた人だった。
目を凝らせば少し後ろにいる人達もこの家で何度か見たことがあった。

良い人だと、思って、いたのに。

「はっ、殺しはしねぇよ。ただ、血は流してもらう。」

なんだよそれ、どうせ痛いんじゃないか。
死にたく無いけど、この状況で俺が無傷でいることは不可能だ。

でも、どうして、今更。
俺の事が気に入らないのならここへ来てすぐの時に殺せば良かったのに。

よく分からない現状に不思議と涙が出てくる。
なんなんだよ。本当。

誰か、…響也。助けてっ


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