ありがとうございました!

お礼文作ってみました。先輩と真。特に起承転結もない、とりとめもない話。







ワルツ


朝方からぽつぽつと降っていた雨は、午後になって本格的に雨足を強めた。

中島は小花柄が散らばる薄いピンクの傘を差して、校門を出る。

少し寄り道でも、と思ったのはヒナノもいなくて暇だったからだ。

いつも右に曲がる帰り道を、左に曲がる。角を曲がった瞬間中島はあっと前を見て小さく声を上げた。

黒い傘。猫背気味の背中。灰色の犬が何故かぴたりとついている。一人と一匹。
中島はたたっと速度を上げて、四ツ谷に追いついた。

「いま帰りですか?」

隣に並んだ中島を、一体誰だと覗きこんだ四ツ谷に向かって、中島はにっこりと笑った。
四ツ谷は厄介者が入ってきたとでもいうような目で中島を見る。

「見りゃ分かんだろ。というか、お前こっち方面じゃないだろうが」

「道草です」

「雨の日に物好きだねぇ」

中島の返事に、四ツ谷が呆れたようにそう言った。別にいいでしょ、と中島は頬を膨らませる。傘の端から溜まった水滴が、ぴちゃりと地面に落ちた。

「雨、嫌いですか?」

「少なくとも極力出歩きたくないとは思うね」

四ツ谷が恐らく一般的、であろうと思われる答えを返す。よく分からない中島は、そうですか?と四ツ谷を見る。お前は変わってるからな、と真顔で言われる。
え、なにそれ、と中島は思う。これは褒め言葉なのかけなされているのか。

普段そんなことにはあまり頓着しないため、考え込むとさぁ、泥沼である。
うーんと答えの出ない迷路に迷い込んでいると、いきなり右腕を引かれた。

「何やってんだ、馬鹿」

ふと気付いた現実世界では、中島たちは横断歩道の目の前に立っていて、交通法によって従うべき信号は赤だった。四ツ谷の足元のクマキチは、丁度傘から落ちた水滴が鼻頭にぶつかって、慌てて傘の中に逃げ戻る。腕を引いた張本人の四ツ谷は、訂正する、お前は変わってるんじゃなくてただ何にも考えてないだけだ、と言った。

「ちょっとそれ酷くないですか?」

今度は馬鹿にされていると即座に分かる。ので、中島はすぐさま反論にかかる。当然、数秒前、危うく事故になりかけた可能性など既に忘却の彼方である。四ツ谷はうるさそうに前を見て、言った。

「うるさい、ほら青だぞ。それとも何か、俺が一々指示してやらんといけないのか」

気づけば今度はもう信号は青で、流石に二回目の指摘に中島はしぶしぶ口をつぐみ、足を進めた。

それっきり四ツ谷も口をつぐんでしまい、二人と一匹は黙々と歩き続ける。
雨はしとしと降り続き、傘に当たって跳ね返る音だけがしていた。

この音、好きなんだよね、と中島は思う。雨が地面に当たる音、傘に降り注ぐ音、同じ人の声なのに、雨の日は少し違って聞こえる。少しだけ、いつもと違う日常。

「先輩のお話って、雨みたいですよね」

まるで独り言のように、中島がそう言ったのは、それから10分ほど歩いた頃だった。
出し抜けな中島の言葉に、四ツ谷はふうん、と気のない返事をする。

「雨みたい。小さくなったり大きくなったり、くるくる変わって、すうって沁みこんでいく感じがします」

ふうん、と四ツ谷はもう一度相槌をうった。

「それはまた、お前にしては随分と詩的な例えだな」

「シテキ?」

「……分からんのならいい」

中島は頭にハテナマークを浮かべる。
その様子を見た四ツ谷が呆れたようにため息をついて、そう言った。

「折角たまには褒めてやろうと思ったのに」

その聞き捨てならない台詞に、中島はええ?と声を上げた。
褒めてやろうと思ったのに、である。
そんな滅多にない機会を逃すなんて、と嬉しさ半分、悔しさ半分で四ツ谷に迫る。

「えーと、よく分からないんですけど、シテキ、っていうのは褒め言葉?」

「だからもういい」

「よくない!先輩が私のこと褒めるなんてほとんどないのに!」

そうやってムキになればなるほど、前言撤回したくなるのは特に四ツ谷に限った事ではない、と四ツ谷は思う。
相変わらず単純思考め、と失礼極まりないことを思いながら下を見ると、四ツ谷と同じような表情をしたクマキチと目があった。

「ほら、クマキチにも馬鹿にされてるぞ」

四ツ谷の言葉に釣られて中島も下を向く。
クマキチがそれに応えるかのごとく、わん、と鳴いた。

「酷い!」

クマキチまでもが!と中島は口を尖らせた。そのよく見る顔に四ツ谷は少しだけ笑って、じゃあとっとと帰れよ、と言い捨てくるりと背を向けた。
とっととも何も、実は送ってやったからあの角を曲がればすぐに中島の家なのだが、中島はそれすら気づいているかどうか、怪しい。

もう飲むおしるこ買って行ってあげませんから!と叫ぶ中島の声を浴びて、一人と一匹はゆっくりと歩いて行った。











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