陰る月に愛を | ナノ


自由な彼


…おかしい。うん おかしい。どうして、

「どうして居るんですか、この妖が!」

もはや口調がどうとか言っていられないかぐや姫は、ただ目の前で昼餉を食べている男に突っかかる。信じられない。“またな”って言ってからまだ一日も経ってないんだけど!いくらなんでも来るのが早すぎる。…とゆーかそれ私の昼餉!

「おい、口調が変わっとるぞ?」
「ああ、すみませんアナタに対して口調を改める理由が見当たらなくて」
「……」
「それでどうして居るんですか?しかもそんな堂々と」
「ンなもんかぐや姫に会いに来たからに決まってるじゃろう」
「微塵も嬉しくないんでどうぞお引き取りを」
「はっはっはっ照れんでもよい」
「照れる!?そう来ますか!…とゆーかそれ私の昼餉!」

もぐもぐと人の昼餉を食べ続けるぬらりひょんを制止するが、彼はもうすでに全て食べきっていた。
それにしても、どうやってこんな昼間から屋敷に侵入したんだ?と疑問に思ったかぐや姫だったが。…そうだ。彼はそう言う妖怪なのだった。人知れずぬらりくらりと自由な妖怪。自由すぎる彼の行動や言動にいちいち反応していてはこちらの身が持たないだろう。もう、なんか疲れた…

「ハァ…」
「どうしたかぐや姫。ため息を吐くと幸せが逃げるぞ」
「誰のせいですか 誰の。そもそもアナタが来た時点で、幸せなんて遥か彼方です」

そう言ってまた一つ大きなため息を溢し、かぐや姫は座る。彼を追い出すことはもう諦めたようだ。だってどうせ、大声を出したところで…

バタバタバタ

「かぐや姫様!」
「何やら大きな声がしましたが、どうかなされましたか!?」

――彼の姿など見えないのだから。
かぐや姫の部屋を開ける花開院の陰陽師たち。彼らの表情から焦燥が伝わる。

「ごめんなさい、何でもないの。開けていた窓から虫が入ってきちゃって」

その言葉に、背後の空気が少し動いたがかぐや姫は気にせず笑みを浮かべ、花開院の者たちを見る。すると彼らは納得したのか、顔を赤らめたまま丁寧に頭を下げ部屋を出ていった。

「……虫とはなんじゃ、虫とは」

不機嫌そうに呟くぬらりひょん。

「正直に言った方が良かったのですか?」
「別に構わん。どうせ他のやつにはワシの姿が見えんのだからな」

そう、それこそがぬらりひょんの特性と言えるだろう。なんてイヤな特性なの。いや、だけど考えようによっては“便利”か。そこでかぐや姫はあることを思い付く。

「あの、ぬらりひょん様?少しお願いが…」

ぬらりひょんの着物を小さく引き、彼を見上げるかぐや姫。これは人に何かを頼むときに行う彼女の癖だ。昔からこれをするとだれ一人として断ることが出来ないという、最強にして最凶の技が知らず知らず発動する。これには、溢れんばかり色香を漂わすぬらりひょんも敵うまい。
そのお陰でかぐや姫の思惑は見事成功。

「――――わあ、すごい!本当に誰も気付かないのですね!」

ぬらりひょんに連れられ、かぐや姫は見張りが何人も居る屋敷からまんまと外へ出たのだった。これこそが彼女の考え。昨日はまた黙って屋敷を抜け出した上、最近は生き肝信仰の妖怪が増えてきておりかぐや姫はいつもより厳しい監視を強いられていた。

しかし、そんなこと自由を愛する彼女が堪えられるはずもなく、実行されたのがこの脱出劇である。

「ありがとうございます、ぬらりひょん様!お陰で誰にも気付かれませんでした」

姫抱きにされているのはどうしようもなく恥ずかしいけれど。

「これくらいならいくらでも頼まれてやるさ。で、どこに行くんじゃ?」

抱き抱えたままのかぐや姫を見下ろし首を傾げるぬらりひょん。え、まさか着いてくるつもり?

「特に予定はありませんが。んー…かわいい妹が食べたがっていた甘味でも買いにいこうかしら。あ、あと必要な薬草を山で採っ」
「待て待て!」
「はい?」

慌てて止めに入ったぬらりひょんをかぐや姫は不思議そうに見る。…何かまずいこと言った?
些か機嫌が悪くなった彼の様子にかぐや姫は密かに冷や汗を流す。

「かぐや姫。アンタまさか、いつも山に行ってんのかい…?」
「え?はい。まあ、毎日ではありませんが」

素直にそう答えた瞬間、ぬらりひょんを取り巻く空気が変わった。口許には妖艶な笑みを携えたまま目を細めるものだから…怖い。

「ひっ…!!」
「かぐや姫、ワシは昔言ったはずだが?山にはもう近付くなと」
「で、でも」
「あ゛あん?何か文句あんのかい」
「ああありません!ごごめごめんなさい!!」

ドスの利いた声で脅すぬらりひょんにかぐや姫は涙を滲ませながら謝罪する。さすがはヤクザ者と言ったところか。笑みを携えてのそれにかぐや姫が言い返すことなど出来るはずもなかった。

「まったく…アンタはもうちょい危機感を持て」
「……ごめんなさい」

彼の言うことは最もだ。…仕方ない、山に行くのはやめよう。薬草といってもとくに必要性はなかったのだし。

あれ健康に良いらしい。え、まじで?くらいの軽いノリだ。…そう。屋敷やだヒマ、けど外に出てもすることないし山で薬草でも採ってこよっかな。くらいの軽すぎるノリ。詰まるところ、ただの暇潰しだったりして

「…そんなに暇だったのか?」
「え!?」
「声に出しとったぞ」
「……」

なんという失態を…
と言うか私この人、じゃなかった妖怪に失態しか見せていない気がする。いや、違う違うよ。きっとこの妖のタイミングが悪いだけ。などとどうでもいいことを考えていたかぐや姫に、原因の男は満面の笑みで信じられないことを口にする。

「だったらワシが毎日、アンタのところに来よう」
「そうですか。………は?」

目をぱちくりとさせて、渾身の“は?”を目の前の妖怪に贈るかぐや姫。徐々にぬらりひょんが言った言葉の意味を理解していったかぐや姫はその美しい顔をそれはそれは見事にひきつらせた。

「ヒマなんじゃろう?だったらワシが毎日アンタに会いに来る」

…………いやいやいやいや。

「え、どうしてそうなるんです!?大丈夫ですから本当に、本当に結構ですからやめてください」
「はっはっはっ遠慮せんでいい」
「“遠慮”!?そう来ますか!ってこれさっきとまったく同じやり取り!!じゃなくて本当に大丈夫ですから」

深く深く息を吐き出し、なぜか嬉々として立っているぬらりひょんを見る。

「さっきヒマだと言っていたじゃろう。それに…ただワシがアンタに会いてェだけだ、かぐや姫」
「っ!?」

ああもう、っ…どうしてこの男はこんななの!?
いまだぬらりひょんの腕に抱えられているため、顔を背けることが出来ず両手で紅潮した顔を隠すかぐや姫。

ちらりと見えた羞恥で潤んだ瞳、さらに隠しきれていない顔の赤らみとそれを必死に隠そうとしているかぐや姫の姿がぬらりひょんの胸を大きく鳴らした。生まれてこの方 一度も経験したことがない感覚にぬらりひょんはただ首を傾げる。

「?あの…どうかなされたのですか?」

無意識に眉間にシワを寄せていたぬらりひょんにかぐや姫は少し不安げに見つめる。
胸を押さえてる。体調が優れないのかしら…

「ん?ああ…いや、何でもない」
「そう、ですか…」

本人がそう言うのなら大丈夫なのだろうが、かぐや姫は少し腑に落ちなかった。いくら妖怪と言えど、病気や風邪もあるのでは?などとしばらく思案が続くものの、それもすぐさま断ち切られた。
どうしてそこまで心配してるのよ私!彼が病気や風邪でもまったく関係ないじゃない。

「だ、だったら早く甘味屋に行きましょう」

遅くなってお父様や従者たちにバレてしまったら、またお説教されるんだから。

「わかったわかった。んじゃ姫様の仰せのままに急ぐとしようかのう」
「…あの、ちょっと?どうして私が無理やり連れていくみたいな流れになっているんです!?」

あなたが私を下ろしてくれないからでしょうが。

「喋ってると噛むぞ」

ふわっ

「きゃあっ!!」

突然、浮遊する身体にかぐや姫は驚いてぬらりひょんの着物を握りしめた。やだ何これ!空!?焦るかぐや姫を横目にぬらりひょんは口角を上げ、タンッタンッと駆けるように京の町を飛び越えていった。

度々襲う内臓が浮く感覚に、甘味屋に着いたころかぐや姫が気を失っていたのはまた別の話…

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