真実は笑顔の裏側
「――――どうじゃカラス」
「…………」
「…あの?」
抵抗することを諦め、若干悟りを開いたような遠い目をしていたかぐや姫は、今現在、大量の妖怪たちの視線に曝されていた。いっそ清々しいほどに遠慮なんてまるで感じられないガン見だ。…何ですかコレは新手の集団戦法?
現代だったならばこれを視姦だと訴えても勝訴を勝ち取れる自信がある。それほどの視線だ。さらに誰一人として口を開かないとくれば、さすがにかぐや姫も居たたまれなくなってきた。
やはり人間の小娘が自分たちの住み処にやって来たことに怒りを覚えているのでは?ごめんなさいそれ私のせいじゃないです。などと、まるで見当違いな考えを巡らせるかぐや姫と、下僕たちの想像以上の反応に満足げに笑うぬらりひょん。
「日本一の美女“月詠の姫”ことかぐや姫。どうじゃ、美しかろう!」
「ま、まさかこれほどとは……参りました」
なぜか得意気なぬらりひょんの言葉にかぐや姫の白い頬が赤く色づく。ふいっと視線を反らし恥じらう見目麗しき日本一の美女に、逆に妖怪たちの頬が染まる。
圧巻だった。かぐや姫の背後に見える月でさえも霞んで見えるほど、噂の月詠の姫は美しかった。
「か、かぐや姫様!オイラたちと遊びましょう!!」
「え…で、ですが」
周りを囲う小妖怪たちにかぐや姫は少し困惑したようにぬらりひょんを見る。
「フ…構わん、遊んでやれ」
それは一体どちらに言った言葉だったのか。何はともあれぬらりひょんの許可が降りたため、瞬く間にかぐや姫は小妖怪たちに手を引かれ、庭に下ろされた。
まさかの外!?室内遊びじゃないんですか!?
どうも妖怪は夜間だととことんアウトドアになるらしい。そんないらない情報を身を持って手に入れたかぐや姫だった。
そして、それから約1時間後。
「―――かぐや姫様〜っ!次はかぐや姫様が鬼ですよ」
「早く早くっ、姫様!」
走りっぱなしだというのにまだまだ元気な納豆小僧たちが叫ぶ。
しかし彼らが呼ぶその先には顔を真っ青にし、冷や汗を大量に流したかぐや姫がぬらりひょんの腕に抱かれていた。
「あ…れ?かぐや姫、様?」
「い、イヤ。怖い、鬼事怖いっ…!!」
「……かぐや姫、アンタはしばらく中で休んでな。…代わりにワシが鬼をやってきてやろう」
『『『ヒイイィイィィッ!!』』』
ぬらりひょんは異常なまでに震えているかぐや姫を縁側に座らせると、背後から何やら黒いものを出現させ妖怪たちを追いかけ始めた。
「そ、総大将がキレたあああ!!」
「巻き込まれる前に逃げろ!!!」
「うわああああああの人“畏”発動させたぞおお!!」
ドガアァンッ
至るところから巻き起こる爆発音と妖たちの悲鳴をBGMに、かぐや姫は先ほどの遊びに身を震わせながら瞼を閉じた。
もう絶対に妖と鬼事はしない、絶対しない。
まさかたったの遊び一つ、こうも違うとは誰も思わないだろう。妖の遊びを完全に侮っていた。
「フン、あれくらいで情けないわね。だからイヤなのよ人間は」
凍てつくような冷たい声が鼓膜を震わせた。かぐや姫は内心で小さく息を吐きつつ、閉じていた瞼を持ち上げて声の主へと視線を這わせた。
ゆっくりと流れるように動かされたその視線は冷たい眼差しとかっちり。合わさる。
「アナタは……(雪女の、たしか雪麗?)」
やだすごく美人!氷の美女!
嫉妬の炎で燃えていた雪麗はかぐや姫の目が輝き出したことに気付かない。ただ目の前のぽっと出の女に自身が想いを寄せている男を取られたくなくて…
人間だということも頭の片隅に雪麗は殺気を強めた。
「…アンタ一体、総大将の何なの?」
「ぬらりひょん様とは何でもございませんが…」
首を傾け素直に答えるかぐや姫。自分の言葉に胸の奥が小さな痛みを訴えていたことにも気付かなかった。否、気付かないようにしていたのかもしれないが。
「嘘つかないでよ!だったらどうして毎日毎日、アンタのところに行くの!?あの人は自由な妖怪、誰も同じ場所に留めておくことなんて出来ないのに!」
そう言って感情を露にする雪麗は、誰が見てもただ恋をする女で。そこには妖怪だとか人間だとかのしがらみはなかった。
「…雪女様はぬらりひょん様に“恋”をしているのですね」
「なっ、アンタには関係ないでしょ!それにアンタもぬらりひょんが好きなんじゃないの!?」
頬を染め、照れたように顔を背ける雪麗にかぐや姫は小さく笑みを溢した。
「さあ、どうなんでしょう?」
「どうなんでしょう、って!」
「確かに惹かれているのかもしれません。…けれど、私にはずっと忘れられない方が居るもの」
眉を下げ、切なくも美しい笑みを浮かべるかぐや姫に雪麗は息を呑んだ。(どうしてそんなに悲しそうに笑うのよ…)
今にも泣きそうで、しかし決して涙を流さないかぐや姫。
「すごく…すごく会いたくて仕方ない人が居るんです」
「だ、だったら会いに行けば―――っ!?」
ハッと口をつぐむ雪麗。かぐや姫の瞳に深い闇が差し込んだことに気付いたからかもしれない。
「そう、ですね。…もう何度考えたかわからない」
かぐや姫の表情から雪麗は気付かされた。彼女の言う会いたい人が、ただ遠い地に居るからというわけではないことに。その上でその男に会いたいと。何度も考えた、と呟いたかぐや姫に身の毛がよだつのを感じた。
彼女は酷く"危うい"。
その浮世離れした容姿も祟ってか、かぐや姫の存在そのものが儚いと感じてしまう。まるで今にも消えてしまいそうな、不安定すぎる存在に。
「っ…雪麗!」
「え?」
「雪女じゃない、雪麗よ。特別呼ばせてあげるんだから感謝しなさい…かぐや姫」
自分とは違う意味で、絶対に叶わない恋をしている彼女に少し同情したのかもしれない。雪麗は気付けばかぐや姫に対する対抗心や嫉妬の念が綺麗に消え去っていた。
「ふふっ、よろしくね。雪麗」
それどころかぬらりひょんに「早くかぐや姫を落として」と、そう思ってしまうほどに。
早く。早く。
目の前の月にも勝る美しい姫が消えてしまう前に…
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