しあわせの鐘が鳴るよ
結局、試合には負けてしまった。あの一本が決まってから、向こうのコートは火がついたらしく、あれから一度も点を取らせてもらえなかった。「バレーでも負けるわけにはいかないからね」と、試合終わりに何か含んだように笑った田中に、仁王は苦笑いを返しておいた。
「よう」
「……お疲れ」
試合が全て終わった後、「裏庭」とだけ告げた仁王は、早足にその場を去ってしまい、名字の返事を聞かなかった。
呼び出したものの、最近会話らしい会話をしていなかったためか、なんと云っていいかわからない。チャンスをくれと云ったのは自分だ。早く、早く何かを云わなければ。
「私ね、田中と普通に話せるようになった」
「……そうか」
沈黙を破ったのは名字だった。焦る仁王とは反対にいつもとは違う落ち着いた声が響く。しかし、彼女の口から出てきたのは仁王が今一番聞きたくない相手の名前だった。
「仁王とも、すぐ元に戻れるかな、って思ってたんだけど」
「……」
「な、なかなか話しかけられなくて。なんかすっごい緊張するし」
「名字?」
「仁王は、友達って思おうとしたん、だけどっ」
「おい!?」
「やだよおっ…。仁王と話せなくなるのやなのに、なんであんなかっこいいことするのさ!」
堪えきれなくなったのか、瞳からぽろぽろと零れ出す涙に仁王はぎょっとした。なぜ、名字は怒りながら泣いているのか。仁王は、目の前で涙を流しながらこちらを睨む名字に困っていた。
つまり、仁王と話したいけれど、緊張してうまく話せない、と。それは、少しは意識をしてくれているということなのだろうか。それなら、とても、うれしい。
「俺がかっこよくて話すのに緊張する、と」
「そうだよ、仁王のくせにっ」
「はは、今はそれで充分じゃ」
「え?」
「これからは俺も手段を選ばん」
仁王の親指が涙を拭う。暖かい頬に安心する。この温度をこんなに愛しいと思う日が来ようとは。
やっぱり俺は、これがほしい。
「覚悟しときんしゃい」
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