烏野高校の自動販売機は良くわからない場所に設置されている。それは、校舎の端っこだったり、影に隠れた校舎裏だったり。普通は玄関とか渡り廊下とか購買の近くとか、そういうところに設置されているものじゃあないのか。まあ高校なんて烏野以外に隅々まで見たことは無いから、どこに設置されているのが普通かなんてわからないけれど。


そして、その自販機は第二体育館近くにも設置されている。体育終わりの昼休み。授業が始まって早々から鳴りだした私の腹の虫は、何か食べ物を所望である。はいはい今お昼ご飯にするからねー、と自分の腹に話しかけてみたりする。我ながらおかしなやつだ。更衣室で素早く制服に着替え、フローラルと石鹸のいい匂いがするそこから逃げ出し、お昼の為の飲み物を買おうかと、その自販機に立ち寄ることにした。

「おや、少年」
「少年じゃなくて、影山です」

そこで見つけた黒髪の長身は、今年烏野に入ってきた新入生で、私の委員会の後輩である。名前は影山飛雄。あのなんやかんやと賑やかな田中と西谷と同じくバレー部に所属しているらしい。そしてとても上手いらしい。なんでも天才と呼ばれているらしい。すべて伝聞なのは、私が一度も影山がバレーをしているところを見たことがないからである。


近づいて声を掛ければ、なんだか不貞腐れたような顔がこちらを向いた。私は影山のこういう顔が嫌いじゃない。頭一つ分以上違うところにある顔は、自販機を見ながら何かを買おうとしているようだ。これから昼練か何かか。

「少年、先輩の私が特別に奢ってやろう。何がいい?」
「……ぐんぐんヨーグルトで」

始めて会った時にも持っていた飲み物の名前が出されて、笑ってしまった。予想通り過ぎる。何でもわかりやすいところも、こいつのかわいいところだと私は思う。
スカートのポケットに入れていた小銭を三枚。よかった、これなら二人分出せる。チャリンチャリンと小銭の落ちる音がして、私にとっては高い位置にあるボタンを押す。出てきたパックを影山の手に渡すと「あざス」と小さな感謝の言葉が返された。

「やっぱり。君はいつもこれだねえ。これ以上大きくなられたらお姉さん困ってしまうよ」
「何でですか」
「君を見る度、首が痛くなってしまう」

自分の分の飲み物をどうしようかと、自販機から視線を外さず、ふざけ口調で話を進める。どうやら私が買い終わるまで待っていてくれるようだ。これだから、口ではさんざん言われながら、影山は好かれるのだろう。田中や西谷が影山の話をするとき、いつも楽しそうなのはこういうところから来ているのだと思う。


だから、からかいたくなる。

「私は君を好きだから、話せなくなるのはつらいねえ」
「……それは、困ります」

なんだその間は。
軽い冗談で困らせてやるつもりだった。焦って赤い顔でもしてくれたらいいと。私は影山飛雄を、後輩だからとなめくさっていた。

「じゃあ先輩が、大きくなるしかないですね」

影が落ちる。作った笑みは消さざるを得なかった。
――なんて、目をしてるんだ。
夏の陽気に自動販売機から出てきた瞬間結露を纏ったその紙パックが私の手に押し付けられる。誰だ、こいつをかわいい後輩なんて決めつけていたのは。獰猛な目をした獣は、私を食い尽くさんと覆いかぶさってくる。後ずさりも、足を動かすことすらできない張りつめた空気。動いたら、最後。

(食べられる……)

私が目を開いた瞬間、まつ毛がくっつきそうなほど近くにいた影山が我に返った気配がした。一瞬で距離を取られる。自分で近づいた距離だと言うのに、なぜか顔を真っ赤にして「す、すんませんっした!」と去って行ってしまった。流石、運動部。もう背中は見えない。
行ってしまったと感じた瞬間、肩の力が抜ける。「はあぁ〜」なんて情けない声を出して、私はその場に蹲った。甘く見過ぎていた。影山飛雄という男を。あいつは巣の中で餌をくれと鳴いているようなかわいい雛ではなかった。頭上高くから獲物を狙う、その習性がしっかりとついた獣である。
私は、今度彼に会った時、しっかりと目を見て話すことができるだろうか。それよりも、まずはこの熱をもった顔をどうにかする方が先か、と嫌に温いため息を吐くのだった。

――どうやらあいつは、瞳で私を殺せるらしい。


眠れる獣

kageyama.t(140903)
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