快楽を呼ぶ悪魔
06
……なんの、音?
瞑っていた目を、恐る恐る開く。
「……なに、これ?」
目を開けると・・・世界から、色が消えていた。昔の写真見たいな、セピアの世界。
「な、なんで・・・?」
急いで起き上がろうと思ったけれど、ふたりとロープに拘束されているせいで、体は動かない。
あたしは、目だけをきょろきょろ動かして、あたりを見回した。
「……止まってる、の?」
セピア色の世界は、カズヤさんに性器を挿れられる直前で止まっていた。
狂気に満ちた目で、あたしを見るふたり。
縛られて動けないのに、必死にあたしを助けようとしてくれてるお兄ちゃん。
動いているのは、あたしと……もうひとり、だけだ。
「よう」
もうひとり・・・さっき見た、銀髪の悪魔。彼は、窓枠に腰かけながら、にやりと笑った。
「あ、悪魔、さん?」
「お楽しみのとこ、邪魔して悪いな」
そう言って、悪魔さんは口角を上げた。
状況は掴めないけど・・・この状況って・・・。
「た、助けてくれたんですか!?」
動かない頭をフル回転させて・・・。どう考えても、時間を止めてくれたのは悪魔さんだ。だって、普通の人にはこんなことできないもん。
よ、よかった・・・。危うく、挿れられちゃうところだった。
あたしは、動かないからだで、精一杯悪魔さんに向かって頭を下げた。
「……は?」
けれど、悪魔さんはあたしの言葉に対して、きょとんとした表情をしてみせる。
「あ、の……。悪魔さんが止めてくれなかったら、あたし……」
思い出そうとするだけで、涙が溢れそうになった。ほんとにっ……こわ、かったあ……。
「あ、う・・・うわ、あぁんっ」
ほんとに、ほんとに怖かった。
いつもは優しいはずのカズヤさんとケントさん。その二人が、まさかあんなっ。
「ひっく・・・ふぇっ。あ、ありがとう・・・ございましたっ」
涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
助かって、ほんとうによかった・・・!
押さえつけられたまま、わんわん泣き喚くあたしを、悪魔さんは不思議そうに見ていた。
……そして、
「くっ・・・ははっ。あはは、はははっ」
何を思ったのか、悪魔さんはおなかを抱えてけたけたと笑いだす。
な、なに……?
呆気にとられて悪魔さんを見ていると、彼は楽しそうに笑いながらあたしのそばに飛び降りた。
「俺が、お前を助けた?」
悪魔さんの指があたしの下あごを持ち上げる。正面から覗き込まれて、あたしはひくりと震えて固まってしまった。緑色の、目。冷たくて、熱くて・・・。なんだか、動けなくなってしまう。
けれど、きちんとお礼を・・・と、あたしは彼の目を必死に見据えた。
「・・・は、はいっ。……あの、時間を止めてくれたんですよね?」
「まあ、確かに時間を止めたのは俺だが・・・別に、助けたわけじゃない。俺のためだ」
……悪魔さんの、ため……?
悪魔さんはくすりと笑うと、あたしの首元の首輪を、長い人差し指で引っ張った。
「不思議に思わなかったのか? なぜ、急にふたりに襲われたのか」
「……え?」
悪魔さんが楽しそうに笑う。
確かに、不思議だった。だって今まで、一度もこんなことなくて・・・。
……ま、まさか・・・。
「あ、あなたのせいなの?」
「正しくは、この首輪だな」
悪魔さんが、首輪をさらに引っ張った。のどが絞められて苦しいけれど、そんなことにかまってられる状況じゃない。
「くび、わ?」
「俺が無理やり襲わせたわけじゃない。この首輪は、身につけたものに対する欲望を実際に行動に起こさせてしまう首輪だ」
悪魔さんは、八重歯を見せて笑う。
「よくぼう?」
「ああ、欲望だ。普通、誰かに対して憎悪を抱いて・・・殺したいと思ったとしても、おいそれと実行には移さない。理性が、働くからだ」
悪魔さんの言っていることの意味は、よくわからない。
ただ、あの二人の行動が、この人のせいで起こったってことだけは、わかった。
「理性を失わせ、相手に対して抱いた欲望を忠実に実行させる。それが、その首輪の効果だ」
どすっ、
最後まで、聞いてなんからんない。
あたしは、悪魔さんのおなかに向かって、頭を思いっきり打ちつけた。手が空いてたら、ひっぱたいてやりたい。怒りが収まらなくて、あたしは何度も頭突きを繰り返した。
「ふ、ふたりに・・・なんて、こと、っ」
「……あれだけのことをされて、ふたりの心配か?」
悪魔さんの不思議そうな声が上から降ってきて、あたしは顔をあげた。
「無理やり、やらせたんでしょっ」
「わからないやつだな。理性で抑えてる欲望を解放しただけだと言っているだろう」
あたしは、固まってるふたりに視線を移した。……こんな顔、いつもはしてないもん。遊びに来る度に挨拶してくれて……優しい、人たちだったっ!
「優しいから、その欲望?を抑えてるんでしょ! いけないことだってわかってるからっ」
悪魔さんは、不思議そうにあたしを見ているだけだ。な、なにきょとんとしてるの、この人!
「じ、時間が止められるなら、戻してよっ! 襲われる前に、時間を戻して!」
睨みつけながら言うと、悪魔は少し考え込んで・・・首を横に振りながら、口角をあげた。
「時間を戻すことはできない。一度流れてしまった時間は、たとえ神の手でも戻せん」
「っ! そんな!」
じゃ、じゃあ……ケントさんと、カズヤさんは、あたしのことを襲ったっていう記憶を残しながら生きてくの?
お兄ちゃんは……友達に、傷つけられた記憶を残しながら、これからずっと生きていくの?