京さま
02
「アンタはもう・・・本当にバカなんだからっ」
「ごめんなさい、お母さん」
「まったく・・・ごめんね、お母さんも。離婚して、アンタに迷惑かけて……」
涙を浮かべるお母さんに向かって、ぶんぶんと首を振る。
お母さんは、離婚前の数年間も、いまも・・・必死に必死に生き抜いてきた。わたしを守るために。だから、わたしもお母さんに迷惑をかけたくなくて、しないでもいい遠慮をたくさんしてしまった。
迷惑になるかもって家に帰らなかった。手を患わせたくないって、最小限の連絡しかしなかった。でも、今思うとそれって親不孝だったんだな。
「本当にごめんなさい。葵に言われなかったら、わたし3月まで帰ってくる気、なかった」
「……アンタは本当に、もう。これからは長期休みは必ず顔見せに来なさいよ」
「はい・・・」
しゅんとしつつ頷くと、それから、とお母さんが口を開いた。
「佐伯くん、のことだけど・・・」
「は、はい」
「……つばさには必要な人よ。できた人だし・・・大事にしなさい。……金髪だけど」
「は、はいっ!」
お母さんの言葉に、大きく頷く。最後の言葉は気になったけど・・・それはわたしも気になったもんね、最初は。
「ただし、」
「は、はいっ!」
「節度をもったお付き合いをすること。……わかってるわね?」
「…………、はい」
節度をもった・・・って、つまりそういうことだよね?
節度・・・う、うーん。お母さんの言う“節度”がそういうことだとしたら・・・ごめんなさい、お母さん。わたしの節度はすでに乱れまくってます。
でも、これに関しては・・・申し訳ないけど、馬鹿正直に言うわけにもいかない。わたしは、頷きつつちょこっと笑ってみせた。
**********
「葵、本当に帰るの?」
「あぁ。久々の家族水入らずだろ? 邪魔すんのも申し訳ないし・・・帰るわ。また新学期にな?」
「う、うんっ! ……、」
「んな寂しそうな顔すんなって。新学期になったら、また思う存分構ってやるから」
「結構です!」
葵の上から目線の言いようにはついつい反論してしまう。
右手をかざして言うと、葵は軽く笑って・・・それから、わたしをちょいちょいと呼んだ。
家から死角になるところで、葵がぎゅっとわたしを抱きしめる。
「あ、葵?」
「あー・・・つーか、4月から毎日一緒にいたからな〜。新学期、8日からだっけ?」
「うん、・・・ごめん、ちょっと寂しい」
「たかが4日だろ? 会えない時間で愛育んどけ」
「葵もね!」
たしかに・・・たかが4日で何言ってんだって話だけど、寂しいもんは寂しい。
しょぼーんとしていると、ふとお母さんの言葉が思い浮かんで、わたしはバッと顔を上げた。って、葵の顔近っ!
「あのね、葵。お母さんが・・・わ、わあっ」
「……お前、空気読めよ」
「ご、ごめん。……あのね、お母さんが葵のこと褒めてたよ。わたしに必要な人だって・・・」
「……このタイミングでそんなこと言われると、ちょっと辛いわ。ま、ありがとな」
葵はすっと顔を離すと、ぽんぽんとわたしの頭を撫でた。
あ、あれ・・・? キス、しないのかな?
なんて、ちょっと寂しい気分になりつつ葵を見上げると、葵はちょっと困ったように笑った。
「やーらしー。そんなにキスしてほしかった?」
「ば、ばかっ!」
「できねーよ。……お前の母ちゃんに『節度をもった付き合いをしつつ、つばさのことをよろしくお願いします』って言われちゃったし、な」
「お、お母さん!?」
「申し訳ないです、お宅のお嬢さんといくとこまでいってます、とも言えねーし・・・」
「な、なんかごめん・・・」
お母さん、葵にもそんなこと言ったのかーっ!
なんてギリギリしていると、葵がわたしの頭をがしゃがしゃと撫でた。
「わ、わあぁっ!」
「とにかく、あと4日もねーけど・・・親孝行してこいよ」
「う、うん! 葵、本当にありがとう。わたし、空回ってたみたいで・・・」
「まぁ、お前が空回ってるなんていつものことだしな。そういうお前も含めて・・・その、すっ・・・だし」
「・・・っ、もう!」
付き合い始めて半年近く経ついまでも、葵から素直な気持ちを聞くことは滅多にできなくて・・・。
その、・・・っくす中は言ってくれるけど!
でも、いまそんなこと言わなくてもいいじゃんっ!
お母さんに言われてるから引け目もあるし、葵が我慢してくれてるのに自分からキスなんてできないしっ。
なんて思っていたら、葵はクスッと笑って、わたしの額にちゅっとキスを落とした。
それから、「まあこれくらいなら“節度”あるお付き合いに入るんじゃないか?」なんて言って笑った。
「じゃ、俺行くわ。また8日にな?」
「う、うんっ! 葵、本当にありがとう!」
「おー。とりあえずお前は、悶々として4日間過ごしとけ。お楽しみは8日に、な」
「ばかっ! 悶々となんてするわけないでしょ!?」
「ははっ、じゃーな!」
言いながら、葵はタクシーに乗り込んでしまった。……まだ電車動いてるけど、葵の移動手段って基本タクシーなんだよね。やっぱりちょっと金銭感覚緩い気がするよ。
去り際の葵の言葉に、なんだか気持ちがきゅーっとなる。今日の葵、なんかカッコよかったなぁ・・・・・・って!
「ち、違う! 悶々としてないっ、8日も楽しみになんてしてなーいっ!」
葵のことを思い浮かべて・・・その、ちょっと悶々?ときてしまったわたしは、首をぶんぶんと振ってその思考をどこかに飛ばした。
あー、もうっ! 最後までわたしのことからかうんだからっ!!
「と、とにかく・・・! 葵に言われたとおり、親孝行して・・・橋本さんのお手伝いもしなきゃっ!」
握りこぶし作って奮起したわたしは、おとなしく橋本さんの家に戻った。
家に入った瞬間、「おかえり」なんて橋本さんが言ってくれて・・・ちょっとだけ、泣きそうになってしまう。
――その後。
葵とふたりして“節度”について話し合いをした結果、「ちゃんと避妊すること」が節度を守った付き合いだと結論付けたわたしたちは、約束通り8日は部屋から出ずにベッドで過ごして・・・。
やっぱり、お母さんに全部を話すことはできないけど・・・子どもってそういうもん、だよね!
……ごめんなさい、お母さん。親孝行、頑張ります。
***
京さま、リクエストありがとうございました!
大変遅くなってしまい、申し訳ありません・・・。
本編の加筆修正を行っていく中で、「つばさって結局、家の問題を解決できてなかったんだなぁ」なんて今さら思いまして・・・。
今回、「その後の進展」のリクを頂いたこともあり、その辺りのエピソードを書いてみました。葵がつばさのお母さんに会いに行く辺りを“進展”とさせて頂いています。
余談ですが、数年後につばさ母と橋本さんは結婚し、橋本さんのお宅が名実共につばさの実家となります。葵には血縁関係者がいないも同然なんで、結婚したらふたりは橋本家で年末年始を過ごすことになりそうですね。