Side Reo
「この式に代入して……」
笹川が、黒板に向かってチョークを滑らせた。 なにやら小難しい式と、解説を綴る。
笹川の授業は、わかりやすいって評判だ。 でも、それはある程度できるやつの話。 俺みたいに、はなから数学なんて死ねばいいと思ってるやつにとっては、先生がよかろうとわかりやすかろうと関係ない。 わからないものは、わからないんだから。
俺は早々に授業をリタイアすると、ちらっと、かのこのほうに目を向けた。 かのこは、黄緑色のシャーペンをくるくるとまわしながら、ノートを取っていた。
……やっぱり、可愛いよなあ。
ほかのやつらには悪いが、クラスでもかのこは断トツだ。 ちょっと聞いた話だと、かのこの母親はもともと女優だったらしい。 女優の娘って、本当にかわいくなるんだな。
クラス中の男子の、あこがれの存在であるかのこ。 共通の趣味(洋楽と、邦画)で、出会ったときから意気投合した。 裏表がないから、美人でも女友だちが多い。 いつから……俺にとって、友達以上の存在になったんだろう。
……と、かのこが俺に視線を向けた。 俺ににっこりと笑いかけると、机に向かってなにか書きはじめる。
……?なんだ?
ヒュッ
こつん!と、白い紙が俺の机に飛んできた。 よく見ると、『玲央へ』と丸っこい字で書かれている。
俺は、ノートの切れ端を机に広げた。
『バカ玲央へ
明日はスピードで勝負ね!
かのこ様より☆』
スピード……。トランプの、ゲームだ。 俺の顔は、自分でも知らないうちににやけた。 慌てて、口元を手で隠す。
今は、この状態が心地いいから。 だから、ここから進む気はないけれど……。
かのこからの手紙を折って、筆箱に突っ込んだ。
俺は、穏やかな気持ちで校庭を眺める。
今日、授業が終わったら、あいつらに話したいことがあったんだ。 夏休み、1か月半も会えないなんて、寂しいから。
俺は、机の中に束にして突っ込んであったパンフレットを、ちらっと見る。
大丈夫だよな……? かのこも、一緒に来てくれるよな?
つーか、かのこは田舎から出てきて一人暮らししているらしい。 だから、反対する人なんかいないよな?
実は、俺も一人暮らしをしている。 俺の場合は、ただ単に親と離れてみたかったって話だけどな。 親が、家賃と授業料だけは払ってくれているけど、それ以外の生活費は、当然自腹。 まあ、当たり前だよな。俺のワガママで一人暮らしをしているんだから。 むしろ、家賃出してくれるだけでもありがたいと思っている。
ちょっと話がそれてしまったけど。
かのこ、行くよな? かなり前に思いついて、必死に計画を練ったんだ。 今日は、勝負をかける日。
笹川の授業なんか、耳に入らなかった。
俺は、計画をどう組み立てて話して行くかを考えるのに、笹川の授業を使うことにした。
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