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リッちゃんはオレに甘い?


「勉強道具……だと・・・!」

「あれー? 兄ちゃん、お帰りぃー。カズちゃんとこでご飯作ってきたから、いま用意するねぇ」


カズちゃんに食事を振舞って部屋に戻ると、すでに帰ってきていた兄ちゃんがちゃぶ台の前で立ち尽くしているのが目に入った。兄ちゃんは、鍋を持って首を傾げるオレを、幽霊でも見たみたいな顔して見つめている。
どったんだろ、兄ちゃん。


「どったの、兄ちゃん? オレの顔、なんかついてる?? もしかしてイケメンじゃなくなっちゃった?」

「い、いや・・・お前はオレに似て顔だけはいいが……」

「なにそれちょー失礼!」


ぷんぷん怒りながら、台所に立って夕飯の準備をする。冷めてしまったポトフに火をかけてから、ちゃぶ台に広がっていた勉強道具を片すためにリビングに戻ると、兄ちゃんはちゃぶ台に片肘をついて、険しい顔で教科書やらノートをにらみつけていた。


「兄ちゃん、なにしてんの?」

「お前・・・なんだ、これ」

「なにって・・・教科書とノーとだよぅ?」

「なんでこんなものがここに・・・」

「だから、さっきまで勉強してたんだってば。兄ちゃんが会いたがってたリッちゃん、さっきまで来てたよぅ」

「お前が、家で勉強……だと・・・!」


リッちゃんの話は、カズちゃんにも兄ちゃんにも話してある。オレがそう言うと、兄ちゃんはギンッとオレを睨みつけた。


「お前・・・まさか、そのリッちゃんとやらに手を出したんじゃ、」

「出さないよぅ・・・。だって、リッちゃんオレのこと押し倒したりしないもん」

「普段押し倒されてんのか、お前・・・」

「そんなことより、見て見てっ! リッちゃんの字、ちょーキレイでしょう?」

「おぉ、本当にキレイだなぁー・・・。……、つーか待てコラ! お前、これ・・・」

「待てないよぅ。火、止めなくちゃ・・・カズちゃん家の鍋焦がしちゃう」


兄ちゃんってば、ヘンターイ。オレとリッちゃんはそんなんじゃないのにぃ・・・。
こぽこぽと鍋があわ立つ音が聞こえて、オレは慌てて火を止めにキッチンに走った。兄ちゃんは、オレが自慢げに指さしたリッちゃんお手製のノートを広げて、目を丸くしている。


「あい、兄ちゃん! 今日の夕飯はポトフとアジの干物ですよー。たーんとお食べ」

「あー、サンキュ。……じゃなくて、おいお前・・・」

「なんだよぅ? オレ、最近は寝坊しないでガッコ行ってるよ? リッちゃん、迎えに来てくれるし」

「へ? ……リッちゃんとやら、わざわざ迎えに来てくれてんのか?」

「うんっ。そっかぁ・・・兄ちゃん、7時過ぎにおうち出ちゃうから知らないんだねぇ。リッちゃん、毎日7時半にうちに来てくれるんだよぅ」


えへへ、と笑いながら言うと、兄ちゃんは目を丸くしてオレを見た。それから……あーっ! リッちゃんからもらったノート、握り締めないでよっ!


「ちょっと兄ちゃんっ! リッちゃんのノート握り締めちゃやーよ!」

「あ、あぁ・・・悪い」

「もーぅ。せっかくリッちゃんが作ってくれたのにぃ・・・」

「やっぱり、それリッちゃんのお手製かよ・・・」


そう言うと、兄ちゃんはなぜか頭を抱えてしまった。
兄ちゃん挙動不審すぎるんだけど・・・。さては彼女に振られたか?


「リッちゃん・・・なんだっけ、名前」

「リッちゃんの? 里中 律だよぅ。かわいい名前だよねー、リッちゃん」

「あー・・・その、律ちゃんか? すげーな、なんか」

「えへへ〜、そうだよぅ。リッちゃん、すごいんだよー」


へらへら笑いながら言うと、兄ちゃんは「いや、違ぇ」と首を横に振った。


「すごいはすごいけど・・・そういうことじゃなくて、」

「じゃあ、どういうこと?」

「なんつーか・・・荘にゲロ甘だな、その子」

「甘い・・・?」


兄ちゃんがため息混じりに発した言葉に、はてなマークが浮かぶ。
リッちゃんが、甘い?


「リッちゃん、甘いの? オレに?」

「激甘。オレだってそんなことしねーよ」

「えー? リッちゃん、ほかの女の子と比べると甘くはないよぅ? オレがバカなことすると、ちょー冷たい目でオレのこと見るし、泣き言言ってもブリザード浴びせてくるしぃ・・・」

「……アホか、お前は」


思い出したら涙が出てきそうになる・・・。
ほかの女の子の前でべんきょの話したことはないけど・・・。たぶんほかの子だったらオレが「べんきょしたくない。絶対できない」って言ったら、「しなくていいよ」って言うと思う。オレが変なこと言っちゃっても、「かわいい」って抱きしめてくれるしぃ・・・。そっちのほうがオレに甘いじゃんね?

でも、そう言ったら兄ちゃんは深いため息をついて……ごつんとオレの頭を小突いた。


「痛いよぅ、兄ちゃん!」

「お前がバカだからだろーが。逆だ逆! 律ちゃんのほうが万倍甘いわ!」

「そんなことないよぅ! だってデートのお誘いかと思ったら図書館で勉強だしぃ、オレが『絶対卒業なんかできない』って言ったら、『諦めるのは早すぎます。突っ伏してる時間なんてありませんよ』とか言うしっ」

「あーあー。甘、ゲロ甘。甘すぎ」

「むむむぅっ・・・」


オレと兄ちゃんはまったく意見が合わないみたいだ。
膨れていると、兄ちゃんはオレのことをキッと睨みつけた。


「お前なぁ・・・律ちゃん泣かしたらただじゃおかねーからな」

「へぁ!? お、オレがリッちゃん泣かせるわけないでしょうー!?」

「マジでぶっとばすぞ? そんな優しい子・・・」

「そーなのっ! リッちゃん、ちょー優しいのっ!」


物騒なことを言い出す兄ちゃんの言葉尻を捉えて、オレは身を乗り出した。
兄ちゃん、わかってるなぁー。リッちゃんってば、ちょー優しいんだよぅ!


「あのねぇ、カズちゃんとも仲良くなってくれたしぃ、母ちゃんの話したら、お線香上げてくれたのぉ。なんか新鮮だったけど、うれしかったんだぁ♪」

「お線香・・・?」

「うん、そうだよっ。それにね、この間もガッコでぇ〜」


リッちゃんの話をするのは楽しい。だってオレ、リッちゃんのこと好きだもんっ!
そんな気分で兄ちゃんにリッちゃんのこといろいろ教えてあげる。
お弁当&サイフ忘れて死にそうになっていたらお弁当わけてくれたこととか、宿題忘れて「見せて」って頼んだら、「それでは永瀬くんのためになりませんよ」って言って断られたけど、昼休み返上でべんきょ教えてくれたこととか……。
そしたら、兄ちゃんはまた「ゲロ甘」と呟いた。
……うーん・・・。ゲロ甘の人は、宿題の答え見せてくれると思うんだけどなぁ。


「つーか律ちゃん?って、なんかどっかで聞いたことあるような・・・」

「ほえ? えー・・・兄ちゃん、その手でナンパするのは古すぎるよぅ? っていうか、リッちゃんはダメだよ?」

「ちっげーよ」


兄ちゃんはオレを小突きながら、「今度なんかご馳走したいから、家に連れて来いよ」って笑った。
それはいいんだけどぉ、兄ちゃんがリッちゃんのこと気に入りすぎたらどうしよう・・・。






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