ライフカードがぽぽぽぽーん
Side Rei
会いたかったマイスウィートエンジェルにようやく出会えたこととか。 そのエンジェルが狂犬様に変貌していたこととか。 何がどうなったら、天使とうたわれていたちあが、こんな風になってしまうのかとか。
まあ、いろいろと疑問はありますが。
いま、何よりも問題なのは、狂犬様のお顔がわたしに近づいてきていると言う紛れもない現状だ。 えっらそうに、わたしのおとがいを持ち上げる狂犬様。 一旦、狂犬様の正体が誰とかかれとかこれとかそれとか置いておいて・・・。
桐生 礼さんにそういうことする男の末路は、たったひとつしかないんじゃボケコラァッ!!
……とまあ、いきり立ったわたしは、左手で狂犬様の手を握ると、頭突きすべく頭を思いっきり振った。同時に手元にあった携帯電話を握って頭をぶん殴り、みぞおちにひざを叩き込んで悶絶させてやろう・・・と、した。 ……甚だ不本意ながら、悶絶させた、ではない。それは、叶わなかったから。
狂犬様の異名は伊達じゃないらしく、彼はとんでもない反射神経で頭突きをすいっと避けると、パッとわたしの右手を掴み、殴ろうとした腕を防御。さらに、ひざげりも避けられてしまった。
「……なん、で?」
「そ、れは・・・こっちのセリフじゃい! 何を血迷ったことしてくれとんじゃ、ボケェッ!!」
わたしの攻撃を難なくかわしてしまった狂犬様は、なぜか目を丸くしてわたしを見ていた。 なにアンタ、きょとんとしてんだよ! 攻撃を避けられたことに予想以上に動揺してしまったわたしは、今日が転校初日だってことも忘れ、狂犬様に噛み付く。
「なに突然キスかまそうとしてくれてんの!」
「昔、しただろ?」
「……、う・・・」
「戻ってきたら・・・食ってやるって、言った・・・」
「お、おぉふ・・・」
狂犬様・・・ちあ?は、淡々とわたしの言葉に返答をした。 そのセリフを聞いて、わたしの怒りはしゅるしゅるとしぼんでいく。 「なに突然キスかまそうとしてくれてんの!」って、さっきのわたしのセリフ。……ちあ?は、わたしにだけは言われたくないだろう、な。 だって……5年前、泣き喚くちあに突然ぶっちゅーっとキスしたのは・・・誰でもない、わたしだ。
「約束、しただろ・・・」
「や、くそく・・・」
搾り出すように言ったちあ?の声は、なぜか震えていた。 わたしの声も、当時のあほ過ぎる自分を思い出して震えていた。 ……教室中も、なぜか震えていた。
「食う? 小学校の頃から、そんなこと言ってたの!?」
「半端ないな・・・」
「さすがだねー」
自己嫌悪で鬱々としていたわたしは、阿鼻叫喚のクラスメイトと狂犬様の愉快な仲間たちの声で、ハッと我に帰った。 そ、そうだ・・・! 今日は……転校初日! こんな、初っ端から暴言を吐いて頭突き食らわすような女、危険人物過ぎて誰も近寄ってこないわ!
ふと視線を上げると、周囲の声が聞こえていないのか、じっとわたしを見つめる狂犬様。 頭の中にぽぽぽぽーん……失礼。ポンポンッと、某ライフカードのごとく選択肢が刻まれたカードが現れる。
1.「ちあっ!」と腕の中に飛び込む 2.「どこのどなたですか?」と、記憶喪失のふりをする 3.とりあえず、逃げる
1はねーな。完全に危険人物コースだ。 2は、あまりにもちあに失礼だし、さっき満面の笑みで「昔はこの辺に住んでました」とか言っちゃったし・・・。 となると・・・3、かな。
心を決めたわたしは、キッと狂犬様をにらむと、両手でどんっと突き飛ばした。 思いっきり突いた割には・・・だったけれど、狂犬様が1〜2歩後ろに下がる。
「れ、い」
「そ、そういうことだからっ!」
……どういうことだよ。
思わずセルフツッコミを入れながら、わたしは狂犬様を指差すと、脱兎のごとく駆け出した。 この状況を収める術が見つからないし……転校初日だけど、逃げちゃえっ!
家まで全速力で走りながら、わたしはいろいろなことを考えていた。 あの場は逃げ出しちゃったけど……。これ、収拾つかないんじゃない、かな。 「食ってやるよ」発言のこともそうだし・・・。わたし、校内で恐れられている狂犬様に暴言を吐いた挙句、頭突きしようとしたし……。
「うわぁぁぁ・・・。5年前のわたし、滅びろーっ!」
心に封じ込めておきたかった黒歴史は、どうやら初っ端からわたしに立ちはだかるらしい。 頭を抱えながら、わたしは家路を全速力で駆け抜けた。
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