5年前の、ばいばい
――12歳の頃、礼は東京に引っ越してしまった。
淡い初恋もこれまでか、と思ったけれど、当時のちあは臆病で、想いを伝えることもできなかった。 できたことと言えば、車で走り去ろうとする姿を見ながら、ぐしぐしと泣き喚くことくらい。 「行かないで」だの、「離れるのいやだー」だの、相手を困らせるような言葉を散々ぶつけた。
「……ったく、泣くなよ」
ぽん、と頭に温かい感触。 見上げると、発達が早くてすでに自分より10センチばかり大きい幼馴染が、呆れたように見下ろしてきた。 でも、礼の目元も、少し涙がにじんでいて……。 寂しいのはちあだけじゃないんだ、なんて、少しだけ心が温かくなる。
「う、ふぇ・・・も、もう……会えない、のかなぁ?」
「いや……。父さんの仕事の都合だし、この間ちょっと聞いたら、高校に入るくらいには帰ってこられるんじゃないかって」
「ほ、本当・・・!?」
はじめて聞くその言葉に、心が跳ね上がる。 う、れしい・・・! ……でも、高校かぁ・・・。 中学卒業して、早くても4年後にならなきゃ、会えないんだ……。
「……こうこー?」
「ん、高校。……大丈夫だよ。ガキの頃の数年なんて、すーぐだって」
「う、・・・だって……礼は、強いから……」
「んなことねーよ。……ほら、ちあ。泣くなって」
するり、と、礼の手が頭上から滑り降りて、頬に当たる。 あれ?と思った瞬間、唇にやわらかいものが当たった。
「……ふ、ぅ!?」
「……変な顔」
すぐに離れた礼は、くしゃりと髪を撫でてくれた。 乱暴だけど優しくて、柔らかな口調に、引っ込んでいた涙が溢れ出す。
「……また泣く・・・」
「だ、ってぇ・・・さみしいよおっ……」
「泣くなよ。……ちあ、強くなれよ?」
「うぇっ・・・やだあっ……礼、いなくなっちゃやだよおっ」
「泣くなって。……ああ、もう。行かなきゃなんねーし」
困ったような顔をした礼は、ぽんぽんと頭を撫でてから、後頭部に手を置いた。 それから、ちあの耳元に、唇を近づける。 礼の吐息が耳にかかって、ちあの体は自分でもびっくりするくらいに跳ね上がった。
「強くなれよ?自分のことも、『ちあ』って言わないよーに。ガキみてーだろ?」
「ふぁっ・・・でも、ちあは……」
「ほら、それやめろって。……強くなれ、ちあ。帰ってきたら……食ってやるから」
「ほえっ!?」
かぷり、と耳に噛み付かれて、思わず変な声を上げてしまう。 く、くくく、食う!?
ぱくぱくと口を開いていると、礼はにやりと笑って、後ろ手にひらひらと手を振った。 ……ああ、行っちゃう。 礼が、遠くに行っちゃうよおっ……。
「れーいーっ!!」
思わず大声を出すと、礼がくるりと振り返って、なんだよ、と笑った。
……つ、強くならなきゃっ!! 礼がいなくても大丈夫に、ならなくちゃっ!!
「ちあ、がんばるねえっ!!だから、帰ってきたらちあのこと食べてねっ!!」
「……ちあ、意味分かってる?」
「……分かんないけどおっ、礼がしてくれることならなんでもいいもんっ!」
そう言うと、礼はくすりと笑った。
「……ああ。じゃ、約束な」
「やくそくっ!」
最後にひらりと手を振って、礼は車に乗り込んだ。 ……かっこいいなあ、礼は。 ちあも、がんばらなきゃ!
礼がいない学校は、正直とっても寂しいし、怖い。 臆病なちあは、いつも礼の後ろに隠れてたし、クラスメイトは、ちあのこと「泣き虫」って言うもん。
でも、がんばるよっ! 礼に認めてもらえるように、がんばるからねっ!
礼が乗り込んだ白い車を追いながら、ぐっとコブシを握り締めた。
――12歳の冬。 俺は、泣きながらそう決意したんだ。
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