泣き虫レボリューション! | ナノ



戦いの火蓋が切って落とされた!?


Side Rei




「ただいまんぼう」

「おかえりー。・・・礼、早過ぎない?」

「短縮授業的なー」


恒例のあいさつをしながら家に入ると、母さんがぼりぼりと煎餅を食べながら顔を出した。
わたしは、適当に返事をしながら新築の廊下を歩く。


「あぁ、そういや、ちあちゃんいた?」

「…………、」

「あんた、こっちに戻るって決まったときから、『エンジェルちあに会いたい』だの、アホ丸出しな発言してたじゃない。昔のアパートにも行ったみたいだし・・・。同じ学校に、ちあちゃんいた?」

「ちあは・・・ちあは、狂犬様になっていたよ」

「・・・は?」


ぐさぐさと傷口を抉るような発言を投げつけてくる母さんに、しんみりとした気分で言う。
うぅ、泣きそう・・・。
わたしが愛したちあは、まんまるほっぺのかわいこちゃんで・・・少なくとも、わたしの頭突きと蹴りを難なく避けるような化け物じゃなかったのに・・・。


「ぐっばい、ちあ。さようなら・・・わたしのエンジェル」


“ピンポーン”


心の中の美しい思い出にさようならを告げて、母さんに気味悪がられていると、まぬけな音がしてチャイムが鳴った。


「まーた、新聞屋? れいー、お断りしてー」

「なんでわたしが」

「せんべい食べてて忙しいのー」

「ぶっくぶくに太ればいい」


ここには戻ってきたばかりだし、もともと住んでいた場所から少し離れた土地に家を建てたから、我が家を訪ねてくるような人はほとんどいない。
つーことで、こんな真昼間からチャイムを鳴らすのは、大方新聞屋さんだの勧誘だの、なんだよね。
母さんに押し付けられて、わたしはぶつぶつ言いながら外のチャイムにつながるカメラとインターフォンの電源を入れた。


「勧誘は間に合っておりまする」

「れ、礼っ・・・」


適当にあしらおうとカメラに向かってのんびり言ったわたしに返ってきたのは、切羽詰った女の人の声だった。
不審に思いながら画面を見ると……み、みく?


「やっほー、礼ちゃん。遊びに来ちゃったー」


それから、青い顔をするみくの首に手を回して、ぱたぱたと手を振る金髪くん。
み、みくぅぅぅぅっ!!!


「礼、俺・・・」

「みく、みくーーーっ!!!」


次いで、画面の前に登場した狂犬様が何かを言おうとしたけれど、わたしには、もはやみくしか見えていなかった。
みくが・・・みくが、人質に取られているっ!


ぶちっと画面のボタンを消すと、猛ダッシュで玄関に向かう。
こんにゃろーっ! 番長と愉快な仲間たちめっ! みくを人質にするなんて、なんて卑劣なことするんだよ!!


「みくを、離せーーーっ!」

「礼、れいーっ! うわぁーんっ!」

「う、わっ!?」


バンッと勢いよくドアを開けて、そのままの勢いで金髪くんにとび蹴りを食らわせる。
さすが副リーダーというべきか、金髪くんは辛うじてその蹴りを避けたけれど、別に蹴り飛ばすのが目的じゃないもんねー、だ。
隙ができた金髪くんの腕からみくを引っ張り出して、自らの背に隠すと、急いで自宅のドアを開けて、みくを家に放り込んだ。
そのまま、わたしも自宅に滑り込もうとした・・・けれど、ガシッと腕を掴まれて、動きを止められてしまう。振り返ると・・・赤髪くん。


「て、てめえ、神崎に何を・・・、ぐっ!?」

「あんたに『てめえ』呼ばわりされる筋合いはないっつーの!」


みくを人質にとるなんて卑劣なことをされて、気が立っていたわたしは、掴まれた腕をぐるんとまわしてほどくと、そのまま赤髪くんのみぞおちに掌底打ちをくらわせた。
そのまますたこらーと逃げ出そうとした瞬間、パッと目の前に黄色髪の男の子が現れる。


「ちょっとー、神埼と赤になにすんのさぁ!」

「それはこっちのセリフだっつの! みくに何してくれとんじゃい!」


ぷんぷん、と膨れる黄色くんに脱力しながら、とにかく家の中に入っちゃおう、と足を踏み出した瞬間、再度腕を誰かに掴まれた。
なんだよ、今度は青か?


「しっつけーな、家入らせろよ。門限厳しいんだよ、うちは」

「……礼、」


赤髪くんのときと同じように、ぐるっと腕を回してほどこうとしたけれど、今度わたしを掴んだ人は、それをさせてくれなかった。
適当なことを言いながらにらみつけると……うそん。狂犬様じゃないですか。


「・・・狂犬様」

「なんだよ、それ。……ちあって、呼んでよっ」


狂犬様・・・ちあは、うりゅっと目を潤ませると、のしかかるようにわたしに抱きついてきた。
……だから、あまりにも彼に似つかわしくないセリフは、どうやらわたしにしか聞こえていない。


「なんで・・・逃げる、の? 礼っ・・・」

「う、・・・」

「ずっと、会いたかった、のっ。待ってた、んだよっ。それなのにっ・・・なんで、名前も・・・呼んでくれない、のっ?」


教室、インターフォン、家の前……。
わたしが認めたくないばかりに、狂犬様・・・ちあの言葉をスルーしていたのが、だいぶ堪えていたらしい。ちあは、5年前とまるで変わらない口調で、ぼそぼそとわたしに囁く。
……ここまで来て、わたしはようやく「狂犬様=ちあ」の図式が、鮮明になったような気がした。先ほどまで、なんだかふわふわしていた「ふたり」が、「ひとり」に繋がったような気が。
……まあ、まだちょっとちあが狂犬様の気ぐるみ着てんじゃないかって思っちゃったりもしてるけど。


「……ちあ、」

「っ、れい・・・」


思い切って名前を呼んだ瞬間、わたしを抱きしめるちあの力が強くなった。
ぐえっ。


「ねえ、礼ちゃん・・・。みく返して」


絞め殺されそうになりながら感動の再会ってやつをしていると、肩を引っ張られて、何者かがわたしとちあを引き離した。
おぉ、命の恩人・・・! と思いつつ顔を上げると、なぜか不機嫌な金髪くん。


「みく、返してよ」

「は?」

「みく、オレのなんだけど。どうすんの? あの子が家の中で泣いてたら。オレ、その顔見る義務があるんだけど」

「いやいや、ねーよ。みく、どう見ても嫌がってたからね」

「礼!」


ないない、と金髪くんに向かって手を振ると、またもやイライラしたような声。
今度はちあが、金髪くんをじろりと睨んでいた。


「神崎・・・。俺は、礼と話してる。邪魔、するな」

「邪魔したいわけじゃないよー。とにかく、みく返して」

「ドアホ。死んでも渡さないから」

「礼! 神崎と話すな!」

「は?」

「……っ」


命令口調で言われて、咄嗟にちあを睨んだ・・・けれど、ちあはそれ以上に怖い目で神埼を見ていた。……あんた、どこでそんな顔するような子になっちゃったのよ。お母さん、そんな風に育てた覚えはありませんよ。


しみじみと教育方針について考えていると、ぐいっと腕を引かれた。
あれれ? と思っているうちに、バタンとドアが開いて、家の中に押し込まれる。
そして、ちあも一緒に家の中に入り、ガチャンと鍵を閉めた。


「れ、礼ーっ! 無事でよかった!」

「みく・・・巻き込んでごめんねっ!」


今日会ったばかりだけど・・・まるで十年来の親友のように、みくと固く抱き合う。
危機を乗り越えたふたりは、それだけ固い絆で結ばれるって言うけど・・・もう、みくとは親友のような気分だ!


「礼、何してんの? お友達?」

「お久しぶりです。天音千秋、です」

「…………うそぉ!?」


みくとのラブシーンを演じている横で、ちあに挨拶された母さんは固まっていた。
……うん、誰でも固まるよ。あのちあが、こんなんになってるんだもん。


ため息混じりにその様子を見ていると、ふとちあがこちらに視線をやった。
そして、きゅっと唇を噛んで、わたしの頭に手を伸ばす。


「っ、わ」

「礼・・・ちっちゃくなった?」

「……なってないっつの。ちあがでかくなったんでしょ」

「そう、だよね。……礼、言葉遣いも変わったね。ちょこちょこ前みたいな話し方に戻ってるけど・・・」

「うっさい」


つい、出ちゃうんだよ!
そう思ってキッと睨むと、ちあは目を潤ませて、笑った。
……みくがびっくりしすぎて固まってるけど、大丈夫なの? 狂犬様のキャラ的に。


「ね、礼・・・。俺、礼との約束守るために頑張ったんだよ」

「そ、そう」

「……約束、守ってくれる?」

「う、うぅ・・・」


約束のことを言われると、どうもいかん。
頷くわけにも行かないし、かといって「んな約束なしだよ!」って言い切るのは、どうも・・・。
約束、したしなー・・・。

なんとも煮え切らない態度でうなっていると、ちあは、むぅっと膨れてから、軽く笑った。
そして、わたしの頬に手を添えた。

……うわ、うわ、うわぁっ!


「ん、」


徐々に近づいてきたちあ。
いろいろ考えすぎて反応が遅れたわたしは、それを避けられなかった。
キスされるー! と思ったけれど、ちあの唇がぶつかったのは頬。
……ん?


「え、へへっ」

「っ・・・!」


照れたように笑った狂犬様は・・・ちあでした。
え、エンジェルが、久しぶりに見られたよーっ!


「礼・・・明日から、またよろしくね。おうちまで来ちゃって、ごめんね・・・」

「い、いえいえ」

「あと、みくさん・・・。神埼には、俺からも言っておくから。……止められなくて、ごめんね?」

「え、あ・・・はい」


呆気にとられたようにぽけっとしていたみくは、何度も首を縦に振った。


「……あ!」


言いたいことを言い終わったのか、ちあが家から出て行こうとする。
外から神埼?やらの声が聞こえるし、そうしてもらったほうがありがたいんだけどね。
けれど、鍵を開けかけたところで、ちあがふと振り返った。そして、わたしを見て、にこりと笑う。


「礼、おかえりなさいっ! ……俺、これ言いに追ってきたんだった! またねっ、礼!」

「ば、ばいばい・・・」


ぶんぶんと手を振られて、思わず手を振り返す。
それを見て満足そうに笑ったちあは、鍵を開け・・・飛び込んできそうになった愉快な仲間たちを押さえ、家を出た。「もう、用は済んだ。帰るぞ」なんて、番長丸出しなセリフを吐いているのが聞こえる。


「…………、」

「れ、礼・・・」


呆然としていると、横から憔悴しきったみくの声。
……そういや、みくはなんで人質にとられるはめになったんだ?


「礼って・・・番長と、どういう関係、なの?」

「……幼馴染?」

「う、うそっ!」

「一応・・・ほんとです」





――こうして。
『スクール☆ウォーズ 〜だって、男の子だもん〜 with ゴキブリ潰せる転校生』。……つまり、番長さんと愉快な仲間たちと、わたしの物語は、幕を開けたのです。




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