最期のことば | ナノ



思い出の回顧


それからは、毎日が怖くて仕方がなかった。
旅行から茜が帰ってこなかったらどうしよう、とか。
最期の会話ってなんだったっけ、とか。
なんで俺、ちゃんと茜に告白しなかったんだろう、とか。


茜、茜、茜。
頭の中は、常に不安でいっぱいで……。
勉強なんか、手につかなかった。
情緒不安定なんじゃないかと思うくらい、急に涙がぼろぼろ出てきたりした。


ようやく茜が海外から帰ってきて、ほっとしたのも束の間、クラスメイトと旅行に行くと言ってでかけてしまった茜の前で、また泣きそうになった。
引き止めたかったけど、友達との旅行だって、茜の思い出の一つなんだって思ったら、そんなことできなかったんだ。


夏休みが終わって、新学期が始まってからも、茜は俺に何も言ってくれなかった。
いつもみたいに笑って、「アキくん」って、耳障りのいい声で話しかけてくる。
あの日の母ちゃんの言葉が、嘘なんじゃないかって思うくらいに。
でも、学校の前に病院によっているのが分かったり、茜が少しずつ痩せて行くって事実が、茜の病気を俺にまざまざと見せ付けた。


毎日、怖いんだ。
茜が深夜のうちに死んでしまったら?
朝、茜が家から出てこなかったら?
そう思ってからは、もうダメだった。
毎朝、不安な気持ちで玄関先に立って、茜が出てくるのを待った。





――そして、あの日。
俺の限界は、超えてしまった。
なにも言わない茜と、不安で死にそうな俺。
……いや、どう考えても、不安なのは茜のほうだろうけど。
切羽詰った俺は、茜を問いただしてしまった。
「言えよ」って乱暴に言った俺に、茜は困ったように笑った。


公園に行って、余命があと2ヵ月しかないことを聞いて……。
俺は、長年の思いを、茜に吐き出した。
最期なんだ。関係が壊れるだの、そんなことを言ってる場合じゃない。
それに、18年間も一緒にいたんだ。
お互いの気持ちだって、なんとなくわかっていたんだ。
ただ、幼馴染っていう関係の居心地の良さに浸って、前に進むことができなかった。


……気持ちを伝えた瞬間、茜は一瞬泣きそうになった。
それから、明らかに無理やりつくった笑顔を俺に向けて、笑いかける。


「わたしもアキくんが好きだよ」
「だってアキくんは、大事な幼馴染だもん」
「18年間、一緒にいてくれてありがとう。わたしも、アキくんのこと大好きだよ」


それが、茜の答えだった。


自惚れてなんかいないはずだった。
なんで?なんで?


最期なんだ。
エゴかもしれないけど、茜のこと大切にしてやりたい。
曖昧な関係を終わらせて、もっときちんと……。


でも、茜は泣きそうな顔で笑う。
苦しそうに、辛そうに、困ったみたいに。


それを見て取った俺は、もう二の句を告ぐことはできなかった。
俺が気持ちを伝えることを、茜は望んでいなかったんだから。








「うっ・・・くっ、」


部屋のベッドで、叫びだしそうなのを堪えて涙を流す。
辛いのは、茜なんだよ。
泣くな、泣くなよ、俺。


「あ、かね・・・」


茜はあんなに気丈に振舞っているのに、俺はどうしてダメなんだろう。
茜のほうが辛いし、悲しいんだよ。
なのに、俺はなんでこんなに弱いんだ。


走馬灯、とは違うんだろうけど……。
部屋に1人でいると、茜との思い出ばっかりが目の前に浮かぶ。


ガキの頃、ジャングルジムから転げ落ちた俺を、泣きそうな目で見ていた茜。
小学校の頃、スイミングスクールに通えといわれた俺は、「茜が一緒ならいいよ」などとふざけたことをぬかした。茜は、「あかねもアキくんと一緒がいー」なんて笑って、スイミングに通ってくれたんだ。
中学の修学旅行で、俺は茜が告白されている現場に遭遇して、全力でそれを破壊した。憤る相手の男に、茜は言ったんだ。「アキくんより好きな人じゃなきゃ付き合えないから、ごめんね」って。あのとき、気持ちを伝えていればよかった。


ずっと一緒にいた。
大切な女なんだよ。





連れて行かないでよ、神様。
頼むから、茜を連れて行かないで……。






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